今日はブロンプトンで通勤途中に思うことがありました。
そこは環状道路と放射道路が交差する大きな交差点で、環状線の方が陸橋で跨いでおりました。
自転車で都区部を走っていると、特に環状道路は横断できる信号が少なく、不本意ではありますが、このような大きな交差点を対角にわたらねばならないことがよくあるのです。
当然、双方が2車線ある交差点ですから、自転車は2段階右折を強いられます。
つまり、運が悪い時は赤信号を続けて2回待たねばならないのです。
近所には警察署もあり、交通安全運動期間中は白バイや婦警さんが立って笛を吹いているし、信号無視して横断歩道を突破しようとすると、自動検知機能が働き、「危ない!信号は赤です。青に変わってから渡りましょう」とPRA(録音放送)が流れるといった具合の交差点でした。
検知器があまりにも優秀なため、2段階右折のため交差点の角で停車していても、「危ない…」と警告放送が連続してしまうのは、苦笑いものですが(笑)。
(写真と本文は関係ありません)
その時は、ちょうど進行方向手前の歩行者横断用信号が点滅をはじめていました。
このタイミングだと、さきに右へ折れて今来た道路を横断してから、前方方向の信号を縦に渡れば、もっとも効率よくこの大きな交差点を対角に渡れるのです。
ところが、運悪く横方向に半分渡った陸橋下の島状歩道部分で、歩行者用横断信号が赤に変わってしまいました。
いつもより少し早い時間だったために、近所にある小中高一貫教育校の生徒さんたちが、行儀よく立ち止まります。
やはり小学生も混じっている手前、いくら車が来ていなくても、赤信号を走って渡ることはできないのでしょう。
仕方なく(というわけではありませんが)、私も停車しました。
おかげで本来なら最悪赤信号を1回と少し待てば済んだところを、きっちり2回分プラスアルファ待たされる羽目になりました。
時間は十分あるのに、朝からいまいましい…と感じてしまうのはどうしてだろうと、自分で首を傾げていたら、子どもの頃「みんなのうた」で聞いた歌声が蘇りました。
お題は「だれもいそがない村」だったかな。
あの丸木橋を渡ると だれもいそがない村がある
豆のつるに豆の花 子牛の角にとまる雲
そのまま 〃 影法師になるむらのはなし
こんな歌詞だったと思います。
作詞は岸田衿子(えりこ)さん。
女優の岸田今日子さんのお姉さんですな。
私たちの世代だと、カルピスこども劇場でお馴染みの「アルプスの少女ハイジ」、「フランダースの犬」「あらいぐまラスカル」のオープニングの歌の作詞をした方といえば、誰もが分かると思います。
出だしはそれぞれ「口笛はなぜ~遠くまで聞こえるの」「ミルク色の夜明け~見えてくるまっすぐな道」「(英語部分は当時聞き取れないから)シロツメグサの花が咲いたら、さあ行こうラスカル」でしょう。
別に検証しなくてもメロディとともに思い出せますよ。
一定の年齢層なら、諳んじているとおもいます。
でも、最近は中年の外国人がこれらのアニメを「懐かしい」と思うそうですね。
何でも、日本から輸出されたアニメを子どもの頃に観ていたのだとか。
(但しオープニングの歌は国ごとに差し替えられていたそうですが)
前にも書きましたけれど、ここでついでに書いておきます。
みなさんが涙してしまう「フランダースの犬」のラストシーンを暗示する、オープニング最後のアニメは聖堂の空にさしこむ雲間の光と、そこにかかる虹という描写ですが、前者の薄明光線が、天使が天上と地上を行き来する天の梯子(旧約聖書創世記28章)であり、虹はやはり創世記9章に出てくる、神との契約のしるしです。
そのなかを、ネロとパトラッシュが昇天してゆくというのは、「復活の希望をもって眠りに就く」というキリスト教の死生観をあらわしています。
脱線しました、話を戻します。
「だれもいそがない村」は1980年に上梓された、児童向けの詩です。
岸田衿子さんの後半生は北軽井沢にある大学村に住んでいたということで、「だれもいそがないむら」も群馬県嬬恋村でインスピレーションを受けて作詞したのかもしれません。
作曲は寺島尚彦さん。
こちらも「ざわわ、ざわわ」でおなじみの「さとうきび畑」の作曲家として有名です。
彼もまた幼少のころから北軽井沢で避暑をしていた関係で、地元小学校の校歌を作曲しています。
たしか京大の田邊元先生も、晩年は大学村にいたとききますから、こんどブロンプトンで北軽井沢を尋ねたら、散策してみたいと思います。
くだんの交差点で引っかかったあと、ブロンプトンを走らせていると、耳にイヤホンしたまま犬の散歩をしている女性が、突然走行中の目と鼻の先を信号無視しながら横断してゆきました。
こちらの信号は青だし、まさか渡ると思わなかったので、とっさにベルを鳴らしたのですが、平然と聞こえないふりをして行ってしまいました。
そのあと、今度は一時停止を無視して横道から強引に車とバイクが割り込んできました。
此方が自転車なので、優先権は自分にあると思い込んでいるのでしょう。
しかし、こんどはさすがに心の中で「いい加減にしてほしい」と思いました。
こういうことは、自転車通勤している以上しょっちゅうあります。
スマホに目線を落としながら道の真ん中をジグザグに歩いたり、イヤホンをしたまま前後左右を確認せず、路地裏の交差点を斜め横断してゆく歩行者。
後ろに幼い子どもを乗せているにもかかわらず、躊躇なく信号無視をするママチャリ。
私は交通指導員でもないし、なるべく気に留めないように心がけているのですが、さきほど信号を律義に守って割を喰ったと感じていたので、やはり引っかかってしまいます。
おなじみの「私はきちんとルールを守っているのに、あなたたちのその態度はなんだ」という、不平の混じった怒りです。
かつて日本には交通戦争と呼ばれた時期があり、年間の交通事故死者数が16,765人を数えた年(1970年)があります。
その前後の年も16,200人を優に超えています。
これは死傷者数ではなく、死者数のみです。
16,765人ということは、一日当たり45.9人で1学級がまるまる消滅し、年間を通して毎時2人、つまり30分に一人ずつのペースで、交通事故によって人が亡くなっていたわけです。
それが2018年には年間3,532人まで減少しました。
といえば聞こえが良いのですが、それでも一日約10人が亡くなっているのです。
これは車だけではなく、自転車や歩行者も含めた人間の行動全般に問題があるのだと思います。
個々の人間は用心深くルールを守っても、ミスはゼロになりません。
それに、歩行者だろうと自転車だろうと、車だろうと、あれだけ皆がスマホを握りしめて「ながらナントカ」をしている状況では、生身のまま道路へ出ること自体が正気の沙汰ではない状況になりつつあると言っても過言ではありません。
車内に電波の届かない車や、移動と揺れを同時に検知したら電源の切れるスマホが使えないのなら、人間の側でできることはただ二つです。
・「ひとつのことに集中する」もしくは
・「行為自体をあきらめる」です。
スマホをいじるのなら、音楽をイヤホンで聴くのなら、それに集中して他はなにもしないというのがひとつで、もうひとつは、携帯機器の使用、または所持を放棄するとか、車や自転車に乗ること、表へ出て歩くこと自体を諦めるというわけです。
前者はいわゆる一所懸命ってやつです。
後者の方が現実的には無理でしょうから、やはり普段から「ながら」をしながら(笑)『私って要領が良い』と考える自分が阿呆なのだと気づく事です。
「だれもいそがない村」の歌詞には続きがあります。
北の大臣、南の酋長一日3回喧嘩をするって
本当ですか(3回リフレイン)
「だれもいそがない村」を心の中で歌っていたら、なぜ時間があるのに自分はそんなに急ぐのだろうという気分になりました。
関西の方言には「いらち」という言葉があります。
いらいらしてせっかち、すなわち短気な人を指すのですが、これは商人特有の気質(時は金なり)からくるものと説明されていました。
しかし今は関西に限らず、朝はとくに、みながいらちになってしまったようです。
きっと1分でも早く職場や学校に辿り着きたいのでしょう。
しかし遅刻や重役出勤をするのではなく、朝にゆとりをもつのに方法はひとつしかありません。
早くに家を出て、早くに仕事にとりかかり、早くに切り上げて帰宅することです。
このブログで何度も繰り返してきましたが、早く家を出るために早起きするのなら、前の晩は早く夕食を食べて寝なければなりません。
オフピーク通勤を阻んでいるのは、フレックスタイム制がとれないからだといわれています。
もし、誰もいそがない村を実現したいのなら、働き方や時間の使い方に、各自が少しずつ寛容になることではないか、そんな風に感じました。
いまだに「もっと働いて金を稼げ」「二十四時間闘えますか」としか言えないような人間は、いったい何に自分が飢え渇いているのか自省してみる必要があるのではないでしょうか。