小淵沢の街の中を、中央線に沿ってBD-1で抜けてゆきます。
進行方向右手側、民家の屋根の向こうには、甲斐駒ケ岳、アサヨ峰、鳳凰三山と、南アルプス北端の稜線が見えています。
ところで、アサヨ峰(みね)って変わった響きの名前ですよね。
いちばん最初に山のてっぺんに朝日が当たるからその名がついたといいますが、それなら朝日峰だろうと思ったら、一画が抜けて日がヨになった説があるのだそうです。
他に、朝を与えるから朝与峰という説もあるそうです。
私なんか、「あさよ!いつまで眠っているの、起きなさい」というフレーズからかと思いました。
名前といえば、小淵沢という地名も旅情をかき立てます。
こちらは八ヶ岳からの湧水を小淵と呼んだとか、狩猟の際の罠の名前「クビチ=鳥を餌でおびき寄せ、地面に首を挟むことで捕まえる」からきているという伝承もあります。
2011年ごろまで、町内に乗馬クラブが多いことから、時代劇のロケセットがあったのですが、いまは借地権が切れて、何もない原っぱに戻されているようですね。
ブックカフェのあるリゾートホテルとか、絵本美術館とか、本にまつわる施設が多く、また夏は涼しい場所なので、小淵沢から野辺山にかけては、読書のための避暑にはよいかもしれません。
但し、町域は八ヶ岳南端の権現岳直下から釜無川まで高低差があり、サイクリングについてはそれこそ今回のように折りたたみ自転車+鉄道を利用しないと、きついと思います。
できるだけ高度を下げないように中央線に沿って東南方向へと進み、県道608号線に出て中央線をオーバーパスしたら、その先で斜め右の路地に入ります。
ちょうど中央線と中央高速道路の間を、ゆるゆると下ってゆく形になります。
鉄道と高速道路の間といっても、林のなかの道をゆくし、ある程度の距離があるので、両者とも全く見えませんし、音もしません。
樹木によっては少しだけ芽吹いている木もあって、肌寒い高地にも春が来ていることを告げています。
ハナモモでしょうか。
時々鮮やかなピンク色の花を咲かせた樹木に出会います。
林を抜けて道なりに進むと、やがて神田という集落に出ます。
正面には富士山が遠望できます。
この集落を抜けてやや南方向に下ると、畑の中に神田の大糸桜が見えてきました。
樹齢400年といわれるエドヒガンで、同じ北杜市内にある樹齢1,800年~2,000年ともいわれている山高神代桜も、かつてはこんな雄姿だったのだろうとおもえるほど、枝を高く、そして広々と広げています。
あまりの大きさに、枝を支えるつかえ棒が林立していて、それがまた、人形劇の棒みたいに見えて、あれで下から木を様々な形に動かせそうな気がします。
時々踏切が鳴って下を中央線の電車が往き来します。
この神田の大糸桜は車窓からも見えますが、一瞬で通り過ぎてしまうため、こうしてじっくり眺めてみたいとかねてから思っていました。
しかし、小淵沢から歩くとなると距離があるので、こうしてお散歩がてらに自転車で寄るのがベストだと思います。
駐車場はわざと遠い場所に設けられているため、ときおり農道の路肩に車を停めて、急いで写真を撮るマナー違反の人たちを見かけます。
地元の人が利用する生活道路に駐車して平気な顔をしている彼らは、「こんなに空いているのだから、少しくらいいいじゃないか」と考えているのかもしれませんが、私からすると、そんなことまでして桜を見ようとする気が知れません。
同じように、ベストアングルを探して人の畑に勝手に入り込む人もいますが、これもアウトでしょう。
そうした行為を防止するためなのか、それとも単なる風よけなのか、大糸桜の北側にはかなり高いネットが張られていました。
この桜の撮影をするために、臨時駐車場が設けられて人が集まっていますが、これだけ大きな桜となると、少し離れた場所から南アルプスや八ヶ岳をバックに入れて望遠で撮影した方が良いと思われます。
大糸桜から中央線の踏切を渡り、そのまま坂を下ってゆくと300mほどで県道17号線に出るので左折します。
これが、通称七里岩ラインです。
県道を400mほど進むと、「清春白樺美術館右折」の看板が矢印とともに出ているのですが、その指示より一本手前の路地を右折します。
実はそちらを曲がった方が、上り坂なしで、美術館前にそのまま滑りこめます。
観光地の案内板は、車を対象としてつくられていて、駐車場に入ってもらうことや、生活道路に入り込まないで欲しいということを念頭に、しばしば迂回を指示します。
このような山岳地帯で、どれだけ遠回りしてアップダウンがきつくても、アクセルを踏めば登れる自動車と、自力で登らねばならない自転車を一緒にされたらかないません。
特に、これから行こうとしている清春芸術村は、同じ北杜市内にある眞原の桜並木桜よりもはるかに有名な桜の名所であり、このくらいの時間(お昼)に車で近寄ろうものなら、周囲は渋滞していること必至です。
ということで、所々畑の隅にスイセンや菜の花の咲く田舎道を、鼻歌交じりに下ってゆくと、いきなり桜並木にぶつかりました。
ここは、旧清春小学校跡地を利用して建てられた、アトリエと美術館で、敷地を取り囲むように桜が咲いています。
小淵沢あたりと比べると、すでに散りかけていますが、それでもこれだけの桜が集まっていると見事です。
かつてここが清春村と呼ばれていたことを考えれば、ここは春に訪れるのがぴったりです。
敷地の中には、「ラ・リューシュ」(仏語で蜂の巣の意)と名付けられた円形状のアトリエがあります。
これは、パリのモンパルナスにある同名のロタンダ(円形建築物)を模したものだそうです。
建てられたのは1981年ということですが、バブルな雰囲気はありません。
ここまで来たら、美術館のお向かいにある郷土資料館の屋上にのぼって、山々を眺めてみましょう。
北に見えるのは八ヶ岳です。
ここから見ると、南面をみているせいか赤岳と阿弥陀岳だが奥まって白く輝いているさまが印象的です。
考えてみると、バブルの頃に流行った八ヶ岳周辺の人工雪スキー場には、もうずいぶんと行っていないので、冬の真っ白な八ヶ岳を間近に見ることはあまりないのです。
このあたりのスキー場は、長野や新潟に比べれば近くて晴天率も高いのですが、風が強くて高地のために体感温度ではとても寒く感じ、かつスキー場の雪は人工雪に環境が災いしてコチコチに凍っており、ひと冬バイトしたら腰痛持ちになったなんて話を聞いたことがあります。
冗談だとは思いますけれど、雪が降り積もらないからといって、暖かいわけではないのです。
視線を北東に転じると、手前に須玉川と塩川を隔てた尾根が伸びてきて、その向こうの奥まったところに、金峰山から大弛峠、国師ヶ岳につらなる稜線が見えています。
連休がはじまると大弛峠への道は麓の柳平までは開通しますが、5月いっぱいまでは峠への道が閉鎖されています。
従って、バスの運行も6月1日以降です。
国師ヶ岳の右手前には、茅ヶ岳が目視できます。
甲府盆地側からみると、茅ヶ岳は八ヶ岳と勘違いするくらいに堂々としているのに、西側の比較的標高の高い場所からみると、形はそっくりでも背後に控えている本物に比べて、かなり小粒な印象を受けます。
そしてさらに東に転じると、御坂山塊の向こうに富士山が頭を出しています。
こちらも、甲府盆地から見るよりは、頭の出し方が大きいせいか「他の山と一緒にするな」という感じの佇まいです。
昔話では、八ヶ岳と富士山は喧嘩したことになっていますが、八ヶ岳に近い場所からこうして富士山をみると、どうしてもあちらの格好良さが際立ってしまい、少し八ヶ岳が気の毒に思えてきます。
そして南には先ほど走行中にいちばんよく見えていた、甲斐駒ケ岳とアサヨ峰、鳳凰三山が、迫るような勢いで起立しています。
この清春から釜無川の谷越しで南アルプスを眺めると、前にご紹介した長野県大町市の鷹狩山展望台と、地形的には同じになります。
甲斐駒ケ岳は山岳信仰の霊場で、一番手前にある尖った峰は、摩利支天(まりしてん=仏教の守護神のひとつ)といい、そのてっぺんには剣と石仏が祀ってあります。
次回は、ここから七里岩ラインの県道まで戻り、そこから長坂、日野春を経て、いつか動画でもご紹介した(https://www.youtube.com/watch?v=OvKGZ5DMK5Y)、新府の桃源郷に向かいます。