山岳ダウンヒルのあとに、積翆寺温泉で汗を流したあと、フロントで休みながらこれからどうしようと思案しておりました。
まだ時間も早いし、ここから甲府駅までの間にある自転車店に持ち込んで、パンク修理をしてもらってから家へ帰ろうかと思ったのですが、今日は連休の最終日だからぐずぐずしていると電車が混雑してしまいます。
やはり家まで帰ってしまおうと思いなおしました。
旅館要害の脇から仲川に沿って下ってゆくと、600mちょっとで積翆寺バス停に行けます。
600mくらいなら、たたんで曳いたところで大変ではありません。
さて時刻表はと山梨交通のホームページをひらくと、積翆寺バス停から甲府駅へのバス便は一日3便しかないことが判明しました。
11時54分の次が18時54分って完全に通学モードです。
よく調べると、武田神社バス停までゆけば、30分に一本のバス便があることが分かりました。
けれども、ここ旅館要害から武田神社までは3km弱あります。
そこまで行けばもう市街地ですから自転車店も間近です。
たぶん、帰りが遅くなると思ったので、フロントにいって、タクシーを呼んでもらいます。
10分もかからずにタクシーがきました。
ここのところ、地方ではあまりタクシーに乗る機会が無かったので、色々と話を聞きました。
都会だと地元の人が運転手さんではないケースも多々ありますが、地方だとタクシーの運転手さんはその土地のこと、下手なガイドさんが及ばないほどの情報を持っていたりします。
彼によれば、武田神社は春の例大祭と、秋の紅葉のシーズンが混雑し、その頃になると、車で積翆寺方面へ向かおうと思っても、全然動かないのだそうです。
「たしか武田神社正面むかって右(東)側の山麓に、つつじが崎温泉という立ち寄り湯がありましたよね」と伺うと、「あったかなぁ、夏のプールだけじゃなかったですかね。でもお客さん、あの温泉は地元の人しか行かないですよ」
それが良いのです。
つつじが崎温泉は、今回積翆寺温泉がやっていなかったら立ち寄ろうと思っていた温泉です。
旅行を仕事にしていた自分にとって、観光客を相手にしているところはだいたい分かっていますから、むしろ、地元の人から長く愛されているような温泉に行きたいのです。
そんな会話を交わしながら車は10分程度で甲府駅に着いてしまいました。
料金も送迎料金と併せて1,700円くらいでした。
ああ、ブロンプトンがパンクしなかったらこの程度の時間で到着したに違いありません。
ずっと山の中を走ってきたものだから、大きな駅の近くまで来ている感覚は全くありませんでした。
というか、甲府駅の北側ってこんなに近くまで山が迫っていたのです。
信玄公が館の裏手に山越えの軍用道路を開いたわけが分かるような気がします。
時刻は16時ちょっとすぎです。
さて、高尾行きの各駅停車はとみると、甲府始発の16時53分の立川行きがあります。
もともとこの電車を狙っていました。
というのも、これより前の15時台の各駅は、いずれも小淵沢発高尾行きで、ブロンプトンをつれて乗るには座席確保がちとつらいとおもっていたのです。
でも、甲府駅にちょっと早く着きすぎました。
それまでに何本の特急列車をやり過ごすのだろうと、時刻表を眺めていたら16時41分発の「はまかいじ」が目にとまりました。
「かいじ」とは「甲斐路」のことで「はまかいじ号」とは、その名の通り、中央線の八王子から横浜線に入って横浜駅まで直通してくれる、山好きの横浜市民にとってはありがたい列車です。
私が中高生の頃は、中央線の特急は2号でお馴染みの「あずさ」、急行は松本やその先まで行くのが「アルプス」、そして甲府止まりが「かいじ」でした。
やがて急行が廃止され、松本ゆき特急が「あずさ」甲府止まりの特急が「かいじ」になったわけですが、この「はまかいじ」だけは、設定2年後に「あずさ」同様に松本終着になりました。
旅好きの自分にとって、いくつもの峠を越えて松本まで行く列車は、格が上に見えたものです。
冬場の週末朝に横浜線のホームで「はまかいじ」を見かけると、中央線沿線の山々を想像して、スキーに行きたくなってしまったものです。
ただ、ここのところ高速バスに押されて、下りも上りもガラガラという噂はきいていました。
せっかくだから、憧れの「はまかいじ」に乗ってみるのも悪くないかと、いったん入った改札にて、事情を話してICカードをキャンセルし、脇の緑の窓口へ行って「後ろが壁になっている指定席は空いていますか?」と訊くと、大丈夫とのこと。
やっぱり空いているという噂は本当でした。
さて、どこまで乗りましょう。
「はまかいじ」は、横浜線内の停車駅は橋本、町田、新横浜、そして終着横浜と、自分のように東急線沿線の人間には優しくないのです。
『このまま横浜駅まで乗って、ロ―ロ馬車道さんでチューブごと交換してパンク修理してしまうのも良いかも』と思い、終着の横浜駅までの指定席特急券を購入しました。
運賃は2,270円、特急料金が1,860円の合計4,130円。
ちと高いけれど、たまには良いでしょう。
やがて時間になってホームへ入ってきたのは、新宿行きの特急あずさよりも車両が数段古い(185系=国鉄時代の伊豆方面特急「踊り子」に使用していた車両)、「はまかいじ」さんでした。
これなら、さっき出て行った桃狩りのお座敷快速の方が車両が良かったと感じながらも、乗り鉄としてはレトロでラッキーだと内心で笑ってしまうのでした。
私は社会人になって東海道新幹線に乗っても、臨時列車等で0系車両が来ると、他の人たちが「揺れがひどいから嫌」と言っているのを尻目に、「子どもの頃が懐かしい」と嬉々として乗っていましたから。
車内に入っても、この不愛想な鉄パイプの網棚や、黄ばんだ背面テーブル、そして効きすぎる冷房とすべてが郷愁を誘うのでした。
しかも発車してしばらくすると、信玄餅アイスの車内販売までやってきて、思わず購入してしまうのでした。
「はまかいじ」が八王子から横浜線に入ると、かつて通学や通勤で利用していた横浜線の車窓を特急列車の窓越しに見るのも悪くないと思いました。
いつかも書きましたが、単語帳片手に小田急線のホームにたたずんでいて、目の前をロマンスカーが通過し行くのをうらめしそうに眺めている生徒でしたから。
横浜駅には、京浜東北線のホームに18時45分に到着し、そのあとに入って来た電車で次の桜木町へゆき、ロ―ロ馬車道さんへ直行しました。
パンクをなおしてもらって、暮れなずむ横浜港をぼんやりと眺めていたら、さっきまで2000m超の山にいたことが嘘のようです。
あとから考えると、この「はまかいじ号」は2018年で廃止されてしまいましたから、その前に乗っておいて正解だったと思います。(おわり)