信濃大町には時間通り(19時36分)に到着したものの、結局バス乗車中に夕食をとることはかないませんでした。
自分の日常生活におけるリズムからいったら、夕食を食べるには遅すぎる時間ですが、明日のためにも、なるべく早く食べて、今日は早く寝ねばなりません。
できれば宿に入る前に食べてしまいたいと思い、信濃大町駅前から大町市の目抜き通りで両側がアーケードとなっている、県道474号線を北上します。
走り始めてすぐに気がつきました。
11月に入ったばかりですが、自転車で走るとかなり寒いのです。
東京ではまだ秋の気配が漂い始めているだけだったのに、ここは晩秋どころか初冬の寒さです。
あわてて持ってきた革の手袋をしました。
ブロンプトンをつれて長距離を旅し、下車したところで走り始めてまず感じるのは、乗り込んだ場所との季節の違いです。
今回のように、新宿の街中を走ってバスタへ行き、途中休憩をはさみながら空気に触れてゆくと、山へ入ってゆくにつれて季節を追い越してどんどん先に行くような感覚にとらわれます。
これが逆に長野から東京へ帰ってまいりますと、季節を巻き戻したような感覚になります。
バスを降りてすぐ走り始めるぶん、その実感は濃いものになります。
これも、折りたたみ自転車をつれた旅ならではの魅力です。
アーケードの両側を注意深く見まわしながら、ゆっくりと緩い坂道をのぼってゆきますが、あいにくすぐに食べられそうなお店は見つかりません。
というか、大半の物販店は閉まっていますし、そもそも営業していないお店もたくさんあります。
そこで、仕方なくいったん宿に行って荷物を置くことにしました。
本日のお泊まりは、「山岳旅館いとう」さん。
山岳旅館とは、要するに山登りする人たちが夜遅く到着して朝早くに山へ向かうような、そんな宿をいいます。
昔の岳人は、会社に早退届を出すなり、残業を拒否するなりして、背広のうえからアノラックを羽織り、上司に見つからないようにロッカーに隠したキスリング・ザックを低い姿勢で背負い、夕方から夜にかけての中央線急行に乗って、深夜から早朝にここ信濃大町に着いたそうです。
そういう人たちが定宿としていた場所に、一度は泊ってみたかったのです。
但し、今回も到着は20時近くだったため、素泊まりの申し込みであり、宿に到着しても周囲は真っ暗でなにも見えません。
横開きの扉をあけて入り、こんばんは~と声をかけると、玄関脇の食堂にはストーブが赤々と焚かれていて、そこから宿の主とおぼしき親子がでてらっしゃいました。
「すみません、荷物だけ置いてすぐご飯を食べに行きたいのですが、この辺で食べる場所ありますか?」と訊くと、商店街の途中に名店街があったでしょうとのお答え。
ああ、大町市の観光協会に昭和レトロな街並みというキャッチで紹介されている場所です。
走ってきた大町本通り商店街から東西方向へ枝のように伸びている、歩行者専用のアーケードです。
そういえば、来るときにチカチカとレトロなネオンが回っていました。
荷物を置いて身軽になったため、宿からブロンプトンで3分もかからずに名店街へ到着。
一番手前にある洋食屋さんの前で自転車をたたもうとした途端、お店の看板の電気が消えてしまいました。
出てきてサインボードを片付けているママさんに声をかけると、19時までとのこと。
「ごめんね、明日また来て」と謝られてしまいました。
奥に伸びる商店街からは、スナックらしき店から調子の外れたカラオケの歌声は聞こえて来るものの、ほかの店はみな閉まっています。
うーん、この場末間たっぷりの情景。
なんだかむぎ焼酎二階堂のコマーシャルみたいになってきた。
話は脱線しますが、あのおじさん、RAWカラーのブロンプトンとか、乗ってそう。
仕方がないので駅まで戻って有名なとんてき屋さんに行ってみたのですが、こちらは中学生だか高校生だかのPTA会合の二次会のようになっています。
この時間じゃ仕方ないか…。
そこで宿とはさらに逆方向の、南大町駅方面の国道沿いへと向かいました。
いえね、到着直前までバスの車窓をチェックしていて、ファミレスとファストフード店が一軒ずつあるのを確認していたので。
ここまで来て新宿にもあるチェーン店も何だかとは思いましたが、背に腹は代えられません。
ところが、そこまで来てみると並びに一軒の中華料理屋さんをみつけました。
いかにも、中国の方がやっている店構えのロードサイド店です。
こういう場合、店の内外に飾ってある装飾から判断するようにしています。
グーグルで確認すると、口コミは「安くてボリュームたっぷり」。
まさに今の私のお腹の状況とマッチしております。
自転車を停めて店内に入ると、案の定コンビニを居抜きで改装したと思しき広い店内にお客は私一人だけ。
でも、チェーン店よりはましです。
結局、空腹を満たしたいという渇望にターボがかかり、850円で回鍋肉定食を食べてしまいました。
ああ、もう私の時間では夜中なのに、こんな暴食をしてしまって。
食べ終わって、また緩い坂を宿まで帰ります。
片道1.8km。
この距離はとても歩いて往復はできません。
ブロンプトンがあるからこそできる業であります。
帰りに信濃大町駅に寄ったのですが、ガランとして誰もいませんでした。
まだ9時前なのですが、上り、下りともあと1本ずつ。
その列車まで、1時間以上もあります。
ここがかつて登山客でにぎわった頃の情景を想像しようとしたのですが、ちょっと無理でした。
そういえば、新宿にも山男たちはもういません。
さらに北へ、宿へ戻ります。
お腹はいっぱいになったものの、到着する頃には身体が冷え切ってしまいました。
宿に帰ってから、これまたレトロでタイル張りの大きなお風呂に浸かり、よくあったまってから煎餅布団に毛布という、まるで中学時代のスキー宿を彷彿とさせるような寝床に入って就寝したのでした。
今風ではないけれど、この昔ながらのスタイルがたまりません。
あの頃は未成年だったから飲めなかったけれど、スキットルに山男御用達の安ウヰスキーでも入れて、一杯ひっかけてから寝た方が暖かかったかな?などと思っているうちに、すぐに意識を失ったのでした。(おわり)