何年か前に柳沢峠から奥多摩駅へのポタリングでご紹介した花魁渕(おいらんんぶち)について、たまたま詳しく見る機会があったのでご報告します。
花魁渕とは、青梅街道の丹波山村から7.6㎞(標高差プラス266m)、柳沢峠からは8.9㎞(〃マイナス590m)の地点にある渕です。
ここで中世の武田氏の滅亡の際に、隠し金山である黒川金山の閉山にあたって宴を催し、断崖上に設けた吊舞台にて遊女を舞わせたうえで、機密保持のため舞台ごと遊女たちを渕へ沈めたという悲しい伝説が残る地です。
地図をよく見るとわかりますが、この地点は多摩川源流の柳沢川と一ノ瀬川がぶつかる出合いの直前に位置していて、両側から交互に山が迫るために川は不規則な蛇行を繰り返すという、地形的に複雑な場所なのです。
花魁渕の手前で柳沢川はほぼ180度のヘアピンを国道とともに折り返し、一ノ瀬川に合流する手前でほぼ直角に曲がります。
そして出合い直前に滝で高度を落とし、勢いを増した水勢が合流する一ノ瀬川をまるで遡るかのように直角に合流し、水量を増した川はさらに二度直角に進路を曲げた後、再び折り返すようにヘアピンするという状態で、こんなところで仮にラフティングをしたら、腕の一本や二本では済まないだろうなというほどの急流です。
バブル華やかりしころ、行楽帰りなどに際して中央道や甲州街道(国道20号線)の大渋滞を避けて青梅街道を夕刻から夜半にかけて都心へ車を走らせるとき、ここは絶好の肝試しスポットでした。
カーブの外側に僅かな駐車スペースがあり、木製の供養塔の脇から川の方へゆくと、まるで高飛び込みの台のように、淵を除くスペースが崖に張り出していました。
ただ、夜に行っても宮沢賢治の童話みたいに、轟々と音はするものの、渕そのものは暗闇に沈んでまったく見えないのでした。
見えないものだから身を乗り出して覗こうとすると、後ろから「わッ」と脅されて肩を掴まれるというのもお約束でした。
(展望台が狭くて柵が低かったため、肩を押したら大変なことになります)
そしてこの場所は心霊スポットとして、度々テレビに取り上げられていました。
よくあるパターンが、濡れた長い髪の女性にオイデオイデと手招きされ、気が付いたときは川に向ってジャンプを決め込んでいるという定番のパターン。
実際、花魁渕の前のヘアピンカーブはわき見運転する人が多くて、二輪車やマイカーの事故が多かったといいます。
あの慰霊塔だか供養塔だかは、この渕に沈められた遊女のためのものなのか、ここで事故って命を落としたライダーやドライバーのためなのか、わからないくらいの事故数だと噂が立っていました。
今年の夏に青梅街道を一晩中歩いて甲府まで行こうとした若者が、青梅あたりで地元の人に花魁渕の名を出され、全力で引き止められて諦めたという話を聞きました。
しかし、花魁渕の前の青梅街道は、2011年秋に廃道となり、青梅街道は天狗棚橋と一之瀬高橋トンネルによって、渕を形成するように張り出した山をトンネルで迂回するようになりました。
上流側の入口は厳重に柵が設けられました。
その厳重さといったら、車やバイクだけでなく自転車や歩行者も通すまいというほどの高さと幅で、山側は崖の法面まで、川側はガードレールの向こうまでという念の入れようです。
但し、廃道になった旨は看板で説明されているのですが、不思議なことに「立入禁止」とはどこにも書いてありません。
下流側の入口については、柵はない代わりに新道から100mほど入った場所にあった、一ノ瀬川にかかる橋が取り外されています。
下は高さが60~70mもあろうかというほどの垂直な崖で、ロープでもない限り降下できないし、川へ降りたところで水量が多くて流れも速いので、まず渡渉はできません。
前にきたときは柵の中には入りませんでしたが、今回は柵自体が綻んでいたために、自転車を駐輪して花魁渕まで歩くことにしました。
中に入ってまず目に入るのは巨大なショベルカーです。
道路に対して斜めに停めて、アームを伸ばして道を塞ぐという、「この先入って欲しくない」ポーズをとっています。
その先は、旧道のうえに無駄に積み上げられた砂利です。
これは戦車やブルドーザーなど、キャタピラのついた乗り物でなければ通れません。
その砂利の山を越えると、旧道の路面が現れ、先に花魁渕であった場所が望めます。
「~であった」と書いたのは、かつてあった供養塔は撤去され、ここが花魁渕であった痕跡が、かなり念入りに拭い去られていたからです。
近寄って、上述の飛び込み台、じゃなかった覗き見台を認めて、ようやくここがかつて花魁渕と呼ばれていた場所だと確信がもてました。
大学生の頃、ふざけて台の上で高飛び込みのポーズで写真を撮ったのですが、心霊現象は何も現れなかったことを思いだしました。
川を覗いてみると、この地点で5段くらいの滝になっているのが分かりました。
これでは、落ちたら絶対に命はありません。
いや、命はないどころか、重機でもないと遺体を吊り上げることもできないほどの高さです。(つづく)