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翻訳した本のこと

前に怪我をして寝ている間に、自分たちが翻訳した本がある場所で紹介されているのに気が付きました。
匿名という約束で翻訳をしたので内容は明かせませんが、ひとの一生の課題について書かれている本だけに、丁寧に訳されていてその分野全体を理解するのにも役立つと評価されているのを聞くにつけ、心から「よかったなぁ」という感想をもちました。
努力や費やした時間が報われたからというよりも、受け入れられて広がっていっているという事実の方に、自分の仕事は間違っていなかったのだと大変勇気づけられました。
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(写真と本文は関係ありません)
 
原書は、タイトルによってその内容が誤解されることが多いのです。
私も翻訳している最中は「いかがわしい内容の本に関わっている」と陰口をたたかれ、その本を所持しているだけで嫌味をいわれたものです。
また内容を読みもせず、批判したり軽蔑したりする人たちが後をたちませんでした。
とある街の市議会の議員によって政敵の攻撃材料に利用され、心の底から怒りを感じたこともありました。
「あらゆる情報をはばむ障壁であり、あらゆる論争の反証となり、そして人間を永遠に無知にとどめておく力を持った原理がある。それは調べもしないで頭から軽蔑することである」というハーバート・スペンサーの言葉を借りるまでもなく、わたしは頭から理解する気もないのに、分かったようなふりをして他者を批判する人たちが嫌いでした。
 
自分の問題を認め、紆余曲折はありながらもそれに向き合おうと努力している人間と、自分には関係ないと、自己を省みることもなく他人の粗探しに奔走する人間。
どちらの人間に勇気があり、あるいはどちらの人間が偽善に満ちていて卑怯なのかは明白です。
今思うと、あの人たちは魂や内心の問題と、実際の社会や日常生活における問題との区別できず、ただ自分の都合良いように、他人の問題を利用していただけなのだと思います。
そういう人はインテリとかリーダーを自称し、その一方で世間体を気にする小心な人間の中にたくさんいました。
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しかし、かくいう自分もむかしはみなと同じ反応をしていたことに、すぐに気がついたのです。
自分もまた、その不完全な人間のひとりであったと。
そう思ったら、肩の力が抜けました。
わたしはそこで気が付いたがゆえに、聖書の中にあるキリストの残した言葉の本当の意味に触れることができましたし、それ以外にも、様々な聖人や哲学者と顔をつき合わせて対話することが可能になりました。
知性が神性に昇華する場所は、聖堂や礼拝堂でも、大学の研究室とか図書館でもなくて、実は自分が一番見たくない、自分の内なる薄暗い所にあったのだと知りました。
 
仏教には、狂暴な象に追いかけられて井戸に逃げ込んだ男の話があります。
井戸の中に垂れ下がる藤蔓にぶら下がり、足元にある4つの突起にたいし交互につま先を引っ掛けて何とか落ちずに留まっている彼の口元には蜂の巣があり、その蜜を舐めることで男は恐怖を忘れることができるのでした。
しかし、彼の掴まる蔓の根元を、白と黒の二匹の鼠がかじりつつあり、つま先を載せた突起は毒蛇、井戸の奥には大蛇が大口を開けて待ち構えているというもので、象は不可抗力、井戸は安住の場所、藤蔓は余命、蜂蜜は煩悩、二匹の鼠は昼夜を象徴とする時間、四匹の毒蛇は病苦、大蛇は死を表しています。
「甘い蜜の話」とか「黒白二鼠の譬え」といわれるこの話は、譬喩経(ひゆきょう)のなかで説かれているそうです。
人生の実相など、このたとえ話のようなもので、蜜を舐めながら大蛇の口に吸い込まれてゆく死は珍しくもないのではないでしょうか。
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そして振り返ってみると、名誉や金や家族など守るものが多い人間ほど、自分の本当の姿や実情を認めたくないものだというのも、頷けるようになりました。
そう理解するようになったら、自己中心的な生き方を改める気のない人たちを責める気分も失せてゆきました。
そんな他人の問題に首を突っ込むよりも、自己の問題に向き合い続けるほうがよほど重要なことに思えます。
 
こうして自分たちが翻訳した本を読んで頂ける人の輪が少しずつ広がって、その盲を開くのに微力ながらでもお手伝いできたことは、感謝に絶えないほどの素晴らしい機会を一度きりしかない人生に与えられたのだと思います。
たとえ名前が残らなくても、後に続く人たちが同じ問題を自分のこととして共有し、その本が読み継がれてゆくかぎり、最初に翻訳に取り組んだ人たちがいたのだと感じてもらえるだけで、これほど愉快かつ光栄なことはないと思っています。
いつかもっとよい訳のできる人が現れたなら、もっともっとよい本にしていって欲しい、そして同じく人生に課題を与えられて難儀している人の行く先を、わずかながらでも照らしてくれたらいいといまは思っています。
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