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中島みゆき『時代』にブロンプトンをつれて

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私が中高生の頃「中島みゆきを聴いている」なんて学校じゃ言えなかったですよ。
そんなこと言ったら「ネクラ」の烙印を押されちゃいましたから。
なにせあの頃、洋楽のPOPSを聴いて歌詞から英語を覚えるのがナウいとされていた(すべて死語)「時代」ですから。
イメージ 1
(江ノ電江の島駅前にて)
 
ただ彼女、当時ラジオで深夜放送のパーソナリティをされていて、試験勉強の合間に聴くとまさに「姉御」とか「みゆきおねえたま」という感じの、カラッとしてサバサバしたお人柄が伝わってきました。
今でも北海道出身の代表的な女性というと、彼女のイメージになっています。
んじゃ曲はどうだかと試しに聴くと、こちらは全く正反対の、女の情念がドロドロ渦巻くような歌詞が多くて、純情だった当時の私は内心「こわーい」と感じて聴くのをやめてしまうのでした。
ただし、
彼女の曲は人生が旅だと思わせる曲が多いと思います。
「旅人の歌」とか、「ヘッドライト・テールライト」など。
今でこそ、「糸」とか「宙船」とかカラオケでよく歌われるそうですが、昔はそんなに気軽ではありませんでした。

イメージ 11
(実際のジャケット写真よりぼかしています)

さて、その中でも彼女の「時代」はデビュー曲にして名曲だと思います。
「まわるまわる」というあたりは輪廻を思わせるし、「生まれ変わって歩き出す」は復活や転生を思い浮かべますから、これだけでもずいぶんと宗教的です。
それで今回は静岡県掛川市のつま恋にでもブロンプトンを持ってゆくつもりかって?
いえいえ、あそこは復活しましたけれど、以前は折りたたみ自転車持ち込みは禁止されていましたから。(現在は不明)
じゃなくて、上のジャケット写真をご覧ください。
たいがいは、つま恋で行われたポプコンのステージ写真(若っ)の方が一般的なのですが、江ノ電の写ったジャケットが少数ながらあるのです。
CDのジャケットも後者)
今回はその場所にブロンプトンで行ってみようというお話です。
イメージ 2
(ここです)
 
さて、この場所はパッと見て、沿線住人の方ならすぐにわかると思います。
よくみると、江ノ電が道路に出てくるところだと気付きますから。
あの沿線で専用軌道から道路に出てくるところは江ノ島~腰越間にしかありません。
そうしたら、場所は両側の2か所に絞られてしまいます。
つまり、江の島駅の東と、腰越駅の西です。
そのどちらかで、こんな風にプラットホームが映り込み、線路がS字カーブを描いている写真が撮れるのは、腰越駅側しかないのです。
電車に乗っているときに車窓ばかり観察していると、そんな風に見当がつきます。 
イメージ 3
(カメラの位置はこちらでしょう)

現場へ行く前に、このジャケットに映り込んでいる車両は今も現役で走っているのだろうか?ともうひとつの疑問がわきました。
「時代」がリリースされたのは1975年で、今から40年以上前のことです。
物持ちが良いといわれる江ノ電にあって、さすがに40年前の車両は走っておらず、あったとしてもどこかに保存されているのではないかと最初は思いました。
ちょっと「お鉄」な話題になりますが、お付き合いください。
イメージ 4
(江ノ電100形 中にも入れますよ)
 
まず想像したのは七里ガ浜に潮風でもってかなりボロボロになりながら静態保存されているタンコロ君(100形電車)です。
この車両、子どもの頃には一輌で走っていて乗車したことがあります。
夜など、誰も乗っていなくて車内が白熱灯の暖系色タイプでぼんやりとしていましたから、道路から見ると幽霊電車のような雰囲気でした。
でも現場でよく見ると、下の部分が違う気がします。
タンコロ君は上唇のようなでっぱりがあるのに、この写真の車輌はすっきりしています。
イメージ 5
(100形内部)

200形もほとんど外見はタンコロ君と変わらないので、違います。
するとその次に古い300形(1956年~1968年製造)でしょうか。
これならかろうじて今も最古参として江ノ電を走っています。
しかしわずかに見える尾灯が明らかに違います。
ジャケットには映っていませんが、このタイプの電車は運転台の上、屋根部分にヘッドライト(前照灯)がついていますが、300形電車は尾灯と前照灯が一体化して運転台の下についています。
つまり、お顔が違います。
うーん、その次に古い旧500形は流線型をしているので明らかに違うし、そのお次に登場した600形や800形はよそさまから来た車両なので、これまたお顔が違います。
そして1000形になってしまうと登場が1979年ですから時期的にありえません。
イメージ 6
(江ノ電300形)
 
帰ってネットで調べたら、なんと300形の一部は改良を受けて、お顔が変わっていることが分かりました。
そこで写真検索をかけたらずばり、古い白黒写真でこのジャケットと全く同じ車両が
映っているではありませんか。
これで、今もお顔や心臓部分(駆動系)変えながらこのジャケットの車両と同型(305編成)が走っていることがわかりました。
なお、この車両は昭和30年代製造ということで、首都圏を走っている電車の中でも最古参になるそうです。
床は板張りだし、窓は両脇のつまみ同時に握って開ける懐かしのタイプだし、300形が走っているのを見かけたら、ぜひ乗ってみてください。 
イメージ 7
(このくすんだ感じがたまりません)

さて、ブロンプトンをつれてやってきました腰越駅。
ほんのわずかな空きスペースにブロンプトンをたたんでおき、くだんの写真がどこからどのアングルで撮影されたのかを歩いて調査します。
こういうとき、ブロンプトンは便利です。
探偵業の方にも道具として良いかもしれません。
改めて写真を観察すると、この構図は鎌倉行き下り電車が腰越駅に停車して乗客を降ろしているときに、中島みゆきさんが電車の通り過ぎた道路を写真左手から右へと横断しているところを、かなり手前から望遠レンズで押さえたのでしょう。
チラッと車掌さんが映っていますし、もし藤沢行き電車ならこちらへ向かってくる電車の前を横断する形になり、危ないですから。
ということは、腰越駅の西側で線路の南(海)側の少し離れた場所がシャッターポイントです。
イメージ 8
(一生懸命似せてみましたが、車両までは合わせられません)
 
ところが、腰越駅の西にはすぐに神戸橋があり、そのお隣に神戸橋交差点があるため、現在この構図を撮ろうと思うと、被写体とカメラの間に橋と交差点を挟んだ形で撮影せねばなりません。
推定ですが季節は着ているものから春か秋、時刻は光線の加減から、13時から15時くらいといったところでしょうか。
乗客の雰囲気から週末ではなく平日の可能性が大きいと思います。
だとすると、この写真が撮影されたと思われる70年代後半当時ですら、車が来ないタイミングをかなりの間待ち続けないとならなかったと思われます。
(それは今でも同じことです)
現に、魚屋さんとおぼしき軽自動車のお尻が映り込んでいます。
イメージ 10
(下の写真をトリミングしていじり倒してこんな感じです)

インカムなんて使っていないでしょうから、電車が通り過ぎた後にカメラマンが合図して、トコトコと道路を渡ってもらったのでしょうか。
電車は単線ですから12分に1本しか来ないし、そのタイミングで車が信号待ちしていなければ撮影できるわけで、平日とはいえ午後の時間帯にそんな瞬間が何度もあるわけではありません。
そう思ったら、ジャケット写真は奇跡の一枚のような気がしてきました。
鉄ちゃんたちって、よくこんな写真を撮っていると思います。
今じゃ「横断歩道もない併用軌道の道で撮影なんて」と目くじら立てる人が出てきそうですが、その「時代」ですから電車も車ものんびりしていたのでしょう。
なお、みゆきさんはデビュー前ですから、レコードのジャケット写真を撮っていても、誰も気が付かなかったはずです。
イメージ 9
(なんとかブロンプトンを入れて写真に収めました。このアングルだとフレームの右半分にたえず右折待ちの車が並んで途切れないため、車のいない瞬間を狙ってを撮るためだけに、3回も通いました)
 
ブロンプトンのコマーシャルに、ビートルズのアビーロードそっくりの写真がありましたが、どなたかこの場所でブロンプトンを曳きながら、セピア色の写真を撮ってみてはいかがでしょう。
『旅をつづける人々は、いつか故郷に出会う日を信じてドアを出る』という歌詞は、旅の本質をついていると思いますし、ブロンプトンをつれてまわる旅は、めぐり合いも生まれ変わりもあるのですから。

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