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Channel: 旅はブロンプトンをつれて
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旧東海道点描(丸子宿~宇津ノ谷峠)

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丸子宿は宿場一帯の家がそれぞれに屋号をあげていて、見ていて興味がつきません。
昔は名字を許された家は一部でしたから、こうして屋号で呼んでいたわけです。
たとえば、「ゑび屋の久右衛門さん」とか「かじ屋の与助さん」という風に。
屋号はその家の商売によるところも大きかったようですが、昔はやっていたけれど今はとっくに店じまいしている場合なども、ずっと屋号を使っていたようです。
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地名の屋号がついているのは、その土地の名産品を扱うなど何らかの商いをしていたとか、ご先祖さまがそちらの土地から移住してここに来られたとか、そんな理由ではないでしょうか。
あるいは昔は名字を名乗っていた名残なのかもしれません。
しかし、街道筋の家の屋号は「○○宿の○○屋の誰それ」といえば、全国区になったでしょうから、ただの屋号ではないのだと思います。
物流や情報にたえず接するということ以上に、
街道筋に住むということは当時のステイタスであり、最先端だったのかもしれません。
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宇津ノ谷峠への国道沿いにあるプロスペラ学院。
よくみると寄宿舎完備とあります。
こんな山の中に予備校?
たしかに何もないから勉強には集中できるかもしれません。
実はビジネス・外語系の専門学校です。
プロスペラ?
そんな英単語あったかしらん。
ひょっとしてポルトガル語かなにか?と思ってしらべてみたら、スペイン語で「繁栄する」をあらわす動詞が”prosperas”でラテン語の形容詞「繁栄している」の“
prosperās”が語源でした。
なお、英語のprosperも同じ語源です。
高校の頃に必死で暗記した出る単に、prosperityという単語があったっけ。
ここで思い出してどうするのでしょう。
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そういえば先日、医療福祉系の専門学校前を自転車で走っていたら、アメリカ人の大学生から「コレハ、ナンデスカ?」と訊かれ、苦し紛れに“I'm not sure but I think maybe it's a special school for medical and welfare.”と答えました。
これがむかーし英検2級を何とかとった私の限界です。
(因みに社内英検は3級が精一杯・・・泣)
そうしたら、無線でその会話を聴いていた引率の方が「専門学校は英語でvocational schoolといいます。でもあまり一般的ではない。会話ではspecial scoolでOKよ」と助け船を出してくれました。
いやぁ、英語の勉強になるわ、外国人自転車ツアーって、私が学習してどうするのでしょう。
でもこれ、英語教材にしてもいいくらい。
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いえね、大学生のころバックパッカーやってるときに、盛んに非英語圏の皆さまに、
Qu'est-ce que c'est?”(仏語)
Que es esto?”(西語)
Was ist das?”(独語)
这是什么?」(中文)
と訊いては、相手が「英語で何て言うんだっけ?」とフリーズしていたのを思い出したのです。
中国語だけはメモとペンだけ出せば筆談で返してくれるから楽でしたけれど。
訊くのは同じ言葉でいいけれど、答える方は毎回“This is the pen.”だけで通すわけにはいきませんから。
(むかしのドリフのコントにそんなネタがあったような)

あ、脱線しました。
おつぎは「とうかいどう」という名のドライブイン。
でも、どう見てもコンビニの居抜きです。
そこがまた、街道らしくていいかな。
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交差点の向こうに金の仏像が見えますが、お寺ではなく工芸社のサインです。
でもよーく見ると、彼女の右手には、前方に向けて指さししている幼子を載せているのです。
あれ?ひょっとしてマリア観音でしょうか。
ちなみにこの先で旧街道は国道の裏手を回るので、店の裏側しか見えないのですが、全国的に有名なデコトラの装飾を製造販売している会社の脇を通り抜けます。
その名も「トラック野郎の店」・・・。
懐かしいな、一番星の星桃次郎にヤモメのジョナサンの松下金蔵。
北海のカムチャッカこと大熊田太郎次郎左衛門なんてふざけた名前もありましたな。
下品だからという理由で、観るのを禁止されていました。
だれか「サイクル野郎の店」を立ち上げて、自転車用のフラッシャー・ウィンカーとか、リトラクタブル・ヘッドライトを売り出してくれないでしょうか(笑)
小学生のころ、そういう自転車に乗っていたもので。
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さて宇津ノ谷集落の下まで来ると、十団子の看板が目につきます。
そのひとつに、松尾芭蕉の門人、森川許六(1656-1715)の句がありました。
芭蕉も「さびあり」と褒めたそうです。

十団子も 小粒になりぬ 秋の風

わたし、例によって達筆すぎるものだから、「十団子 小粒よりなめぬ 秋の風」と読んでしまい、なんだこの貧乏臭い歌のどこがわびさびなんだろう、許六は摂食障害か(江戸時代にあるわけがない)などと、あほの極みな解釈をしておりました。
ああ、英語どころか、日本語も満足に読めない私。

日本語も あやしくなりぬ 秋の風
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ところで、下の写真は2013年9月に撮影したものです。
先に「十団子」の旗が見えると思います。
買おうとしたら、「まだ(工場から)届いていないもので」といわれ、「さはさりとても、無念なる哉・・・」とがっかりしたのは本編で書いた通りです。

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