新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
のっけからで申し訳ありませんが、故障のお話から始めさせていただきます。
ブロンプトン(M6L-X)でのんびりと走っているときのこと。
最初は遠くでスズメかヒバリがさえずっているような音だったのです。
「チュン、チュン」という具合に。
ところが、どんどん音が大きくなります。
半日もしないうちに「チュンチュン」のままに、道行く人が振り返るほどのボリュームになりました。
「ああ、これはまずい」と思い、LORO世田谷さんに電話をかけてみてもらうことに。
ちょうど新宿にいたので小田急線で経堂まで行き、そこから走りました。
本当は新玉川線の用賀駅からの方が近いのですが、乗り換えやらで時間もお金も余分にかかりますからね。
このあたりがブロンプトンの良いところです。
久々に夕暮れの小田急線沿線の街をブロンプトンで走ります。
「何が」といわれると、説明しづらいのですが同じ都内でも京急沿線、東急沿線、小田急沿線、京王沿線、そしてJR沿線と、それぞれの駅前には何となくその路線カラーというものがあります。
経堂あたりの商店街の風景は、高校生の時に読んだ遠藤周作先生の軽小説の描写そのままです。
(先生は一時豪徳寺にお住まいでした)
頭の中では豆腐屋のラッパや、幼い子どもたちの歌う声など、昭和の情景が思い浮かびます。
ところが、ブロンプトンの方は、「チュンチュン」がボリュームはそのままに、「ヂュンヂュン」になり、東京農大の付近を通過した時には「ギーギー」とクランクも回りづらくなりました。
「これはまずい、たどり着けるだろうか?」と思いながらも頭の中に浮かぶ映像は、「あのころ自転車が故障して不動となり、途方に暮れているセーラー服姿の女子高生を、颯爽と現れては直し、家まで送ってあげるのが、純情少年の出会いの定番だったんだよなぁ」などと、想像してみるのでした。
(「北の国から‘87初恋」や映画「さびしんぼう」を参照してください。)
動画を見ながら「若いなぁ」と思いつつ、そういえば当時前者のヒロインに似ているといわれてふくれていた過去も思いだしてしまいました。
ようやくのことでLOROさんにたどり着き、しばらく見ていただきました。
原因をさぐるために、内装ギアを分解します。
おおっ、これは滅多に見ることのできない光景です。
すかさずカメラを取り出し、夢中でシャッターを切りました。
自分の想像では、内装ギアの内部は油やらグリスにまみれた歯車がいっぱい重なり合っていると予測していたのですが、中にはベアリングとマトリョーシカのように入れ子状になったミニチュアの原子炉のようなものが…。
内壁にはちょっと複雑な凸凹がついていて、これに引っかかってギアチェンジするみたいです。
ところで、音の原因はベアリングの球が外れて飛んでしまったことにあるとのことでした。
それがどこかにひっかかって、タイヤの回転を妨げていたわけです。
長いことブロンプトンに乗っていると、いろいろあります。
(ただ自分の場合、ほぼ毎日足代わりにのっていますから、長く乗ればそういうこともあるわけで、しょっちゅう故障しているわけではありません。)
でも、こうして内装ギアの中身まで覗けたのですから、よい機会になりました。
お店では、別の要らなくなった内装ギアを出してきて、何とか直してしまいました。
すごい、私はてっきり内装ギアごと新品に全交換だと思っていたのに。
実際は作業をしては試乗して問題が解決していないともう一度分解してやり直しの繰り返しになります。
こちらは解決したのに、今度は別な方で不具合がという状態で、何度もやり直しているうちにパズルのピースがはまって絵が完成してゆくのによく似ていました。
最終的に作業が終了し、自分も試乗してみると具合がおかしくなる以前よりも走りが良くなっていました。
実用車であることをいいことに、あまり整備をしない自分を棚にあげて、素直に喜びました。
でもこうして作業を見守らせていただくと、自転車修理の根本的なところは、原因を突き止めたいという好奇心と、困っている人を助けたいという親切心なのだと感じることができました。
どんどんパーツを交換してゆくよりも、こうして細かく直していただくほうが、自転車とのおつきあいもストーリー性が出て深いものになってゆきます。
いまや車もバイクもみなパソコンをつないで専門家が記号で診断してから修理に取り掛かる時代になってしまいました。
こうして手作業で具合を確かめながら直すというのは、乗り物の中では唯一自転車に残されている聖域のような気がしてきました。
これからも、不器用は不器用なりにいろいろ学んでゆきたいと思うのでした。