味噌蔵の高村商店を知ったのは、姨捨に多毎の月を撮影に行ったときのことでした。
夕方、聖高原駅から聖湖へバスでのぼり、そこから姨捨の棚田を経て稲荷山駅まで下ってきた私は、もう一度姨捨駅へ戻ろうと一駅だけ篠ノ井線に乗車しました。
姨捨駅に着いたのは19時半ごろでしたが、もうかなり日は暮れて、夜景の見ごろになってきていました。
![イメージ 1]()
6月のこの時期、斜面の田んぼはカエルの大合唱です。
ふと見ると、無人駅のはずの駅舎にたくさん人がいます。
きけば、この後に「ナイトビュー姨捨」というリゾートトレインが到着するそうで、そのお客さんたちに民話の語りや楽器の演奏が駅舎内にて催されるのだそうです。
かつての切符売り場には味噌汁を無料で振る舞う準備が為されていました。
![イメージ 2]()
物欲しげな目で見ていたからでしょうか、「どうぞ、一般のお客さんでも食べて行って」とおばあさんに声を掛けられ、遠慮なくいただくことにしました。
まだリゾートビューは到着しておらず、駅の待合室にひとりで座って食べます。
6月とはいえ、山の冷涼な風にあたってきたわが身には、このお味噌汁は染みるように美味しかったのです。
子どもの頃に食べた、田舎の味噌汁でした。
![イメージ 3]()
ふと見ると、わきで地元の特産品を売っています。
これから自転車で坂を下ってしなの鉄道の屋代駅まで走り、そこからしなの鉄道に揺られて上田まで戻らねばならない私は、ただで一汁をいただいた手前、何か買いたくても荷物が小さなフロントバッグに収まらないと買えません。
やがて観光列車が到着し、駅のホームから善光寺平の夜景を収めようとみなカメラのファインダーを覗いています。
跨線橋を渡ったこちらへはあまり人が来ません。
![イメージ 4]()
そこで売り場のお兄さんと少しだけ話しました。
きけば、この駅より下の山の斜面に味噌蔵があって、そこの従業員が総出でこのイベントのお手伝いをしているのだそうです。
なるほど、販売している商品も味噌関係が多いのでした。
その場所なら、姨捨駅からしなの鉄道の千曲駅、もしくは戸倉上山田温泉に下る途中に立ち寄れそうな位置にあります。
ふふふ、列車のツアー客には申し訳ないのですが、月が出ていなくても街灯のまったくない棚田に一人腰かけて、カエルの声を背景に夜景を眺める愉しみはブロンプトンが無いと味わえませんぞ。
それで月が出ていて田に映っていたら、風流このうえありません。
![イメージ 5]()
ふと見ると、甘酒が小さなカップに入れて並べてあります。
「飲みますか?」と訊かれて、「いえいえ、自転車ですから」とお断りする生真面目な私。
「大丈夫ですよ、アルコール入っていませんから」
「えっ、甘酒って入っていないのですか?」
「あの、お屠蘇やお神酒と勘違いされていません?」
(誰もいない真っ暗な棚田で、カエルの合唱と水の流れを聴きながら留魂録を思い出してみる。)
やれやれ、ここ15年近く、アルコールと名の付くものはノンアルコールを謳われている飲料すら一滴も口にしていなかったので、かなり疎くなっているみたいです。
酒粕からつくられる方には多少は入っているかもしれませんが、こちらの商品は100%米麹から作られているそうです。
甘酒は「醴(こざけ)」とも書きます。
(お店の看板犬。グレート・ピレニーズだと思いますが、大人しくて吠えたのを見たことありません)
吉田松陰の「留魂録」の第八節には、こんな表現があります。
『秋冬ニ至レハ人皆其歳功ノ成ルヲ悦ヒ酒ヲ造リ醴ヲ為リ村野歓声アリ』
(秋から冬にかけて、人々はその年の労働による収穫を祝い、酒や甘酒を醸しては飲んで、村々に歓声が満ち溢れる)
この前後、松陰は人生を四季の農事にたとえ、四季のあることと一生の長短は関係ないとして、「私は三十歳、四季は既に備わっており、花を咲かせ実をつけているはずである。それが単なる籾殻なのか、栗の実なのかは私の知るところではない」という有名な死生観につながります。
![イメージ 7]()
いま、日本にいて四季を感じることのできる仕事をしている方はどれくらいいるだろうかと思います。
こうして田舎を自転車で走っておりますと、水田の稲の成長もよく観察できるし、田んぼでお仕事をされている姿もじかにみますから、秋の収穫の喜びというのは、忘年会などよりもずっと楽しそうだなと思うのです。
甘酒に限って言えば、都市の江戸では夏バテ防止の飲料であったのが、農村部では収穫に際して子どもに振る舞われる飲み物だったようです。
![イメージ 8]()
そんなことを考えながら甘酒を口にしたら、これがひと口なのに体が熱くなります。
「これ、本当にお酒入っていないですよね?」と念を押してしまいました。
昼間ブロンプトンで走って疲れていたのもあるのでしょうが、たったひと口でシャキッとしました。
その日、私はこの無理にフロントバックに一本だけ甘酒を買って押し込み、後日家でちびちびやっていいたら、初夏の暑さを気にせずに活動できるような気になりました。
![イメージ 9]()
それからというもの、長野にスキーなどで来る際は、行きがけか帰りがけにこの味噌蔵の高村商店に立ち寄り、甘酒を求めるようになりました。
ブロンプトンでゆくのなら、姨捨のほかに戸倉上山田温泉や稲荷山温泉、千曲川のサイクリングロードをつたって川中島古戦場や善光寺などと併せてポタリングすれば楽しいと思います。
(帰りがけに自慢のお味噌と高菜でつくった非売品のおにぎりをいただきました。これが美味しかった)
味噌蔵たかむら
http://www.misogura.co.jp/
夕方、聖高原駅から聖湖へバスでのぼり、そこから姨捨の棚田を経て稲荷山駅まで下ってきた私は、もう一度姨捨駅へ戻ろうと一駅だけ篠ノ井線に乗車しました。
姨捨駅に着いたのは19時半ごろでしたが、もうかなり日は暮れて、夜景の見ごろになってきていました。
6月のこの時期、斜面の田んぼはカエルの大合唱です。
ふと見ると、無人駅のはずの駅舎にたくさん人がいます。
きけば、この後に「ナイトビュー姨捨」というリゾートトレインが到着するそうで、そのお客さんたちに民話の語りや楽器の演奏が駅舎内にて催されるのだそうです。
かつての切符売り場には味噌汁を無料で振る舞う準備が為されていました。
物欲しげな目で見ていたからでしょうか、「どうぞ、一般のお客さんでも食べて行って」とおばあさんに声を掛けられ、遠慮なくいただくことにしました。
まだリゾートビューは到着しておらず、駅の待合室にひとりで座って食べます。
6月とはいえ、山の冷涼な風にあたってきたわが身には、このお味噌汁は染みるように美味しかったのです。
子どもの頃に食べた、田舎の味噌汁でした。
ふと見ると、わきで地元の特産品を売っています。
これから自転車で坂を下ってしなの鉄道の屋代駅まで走り、そこからしなの鉄道に揺られて上田まで戻らねばならない私は、ただで一汁をいただいた手前、何か買いたくても荷物が小さなフロントバッグに収まらないと買えません。
やがて観光列車が到着し、駅のホームから善光寺平の夜景を収めようとみなカメラのファインダーを覗いています。
跨線橋を渡ったこちらへはあまり人が来ません。
そこで売り場のお兄さんと少しだけ話しました。
きけば、この駅より下の山の斜面に味噌蔵があって、そこの従業員が総出でこのイベントのお手伝いをしているのだそうです。
なるほど、販売している商品も味噌関係が多いのでした。
その場所なら、姨捨駅からしなの鉄道の千曲駅、もしくは戸倉上山田温泉に下る途中に立ち寄れそうな位置にあります。
ふふふ、列車のツアー客には申し訳ないのですが、月が出ていなくても街灯のまったくない棚田に一人腰かけて、カエルの声を背景に夜景を眺める愉しみはブロンプトンが無いと味わえませんぞ。
それで月が出ていて田に映っていたら、風流このうえありません。
ふと見ると、甘酒が小さなカップに入れて並べてあります。
「飲みますか?」と訊かれて、「いえいえ、自転車ですから」とお断りする生真面目な私。
「大丈夫ですよ、アルコール入っていませんから」
「えっ、甘酒って入っていないのですか?」
「あの、お屠蘇やお神酒と勘違いされていません?」
やれやれ、ここ15年近く、アルコールと名の付くものはノンアルコールを謳われている飲料すら一滴も口にしていなかったので、かなり疎くなっているみたいです。
酒粕からつくられる方には多少は入っているかもしれませんが、こちらの商品は100%米麹から作られているそうです。
甘酒は「醴(こざけ)」とも書きます。
吉田松陰の「留魂録」の第八節には、こんな表現があります。
『秋冬ニ至レハ人皆其歳功ノ成ルヲ悦ヒ酒ヲ造リ醴ヲ為リ村野歓声アリ』
(秋から冬にかけて、人々はその年の労働による収穫を祝い、酒や甘酒を醸しては飲んで、村々に歓声が満ち溢れる)
この前後、松陰は人生を四季の農事にたとえ、四季のあることと一生の長短は関係ないとして、「私は三十歳、四季は既に備わっており、花を咲かせ実をつけているはずである。それが単なる籾殻なのか、栗の実なのかは私の知るところではない」という有名な死生観につながります。
いま、日本にいて四季を感じることのできる仕事をしている方はどれくらいいるだろうかと思います。
こうして田舎を自転車で走っておりますと、水田の稲の成長もよく観察できるし、田んぼでお仕事をされている姿もじかにみますから、秋の収穫の喜びというのは、忘年会などよりもずっと楽しそうだなと思うのです。
甘酒に限って言えば、都市の江戸では夏バテ防止の飲料であったのが、農村部では収穫に際して子どもに振る舞われる飲み物だったようです。
そんなことを考えながら甘酒を口にしたら、これがひと口なのに体が熱くなります。
「これ、本当にお酒入っていないですよね?」と念を押してしまいました。
昼間ブロンプトンで走って疲れていたのもあるのでしょうが、たったひと口でシャキッとしました。
その日、私はこの無理にフロントバックに一本だけ甘酒を買って押し込み、後日家でちびちびやっていいたら、初夏の暑さを気にせずに活動できるような気になりました。
それからというもの、長野にスキーなどで来る際は、行きがけか帰りがけにこの味噌蔵の高村商店に立ち寄り、甘酒を求めるようになりました。
ブロンプトンでゆくのなら、姨捨のほかに戸倉上山田温泉や稲荷山温泉、千曲川のサイクリングロードをつたって川中島古戦場や善光寺などと併せてポタリングすれば楽しいと思います。
http://www.misogura.co.jp/