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旧東海道へブロンプトンをつれて 41.宮宿から42.桑名宿へ(その3;佐屋街道 岩塚・万場)

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旧東海道の旅は佐屋街道をたどり、岩塚宿に至りました。

佐屋街道岩塚宿の入口右側には、御田中学校があります。

この手前を横切っているのが柳瀬川街園(35.155152, 136.851776)です。

街園という呼称は聞き寝れない言葉です。

名古屋市や大阪市では道路に生じた空きスペースを広場や公園として利用したものという意味らしいです。

八田駅付近から名古屋港に向けて流れている荒子川のさらに上流部分を柳瀬川といい。この街園は川の暗渠を利用しているのです。

関東でいう遊歩道とか緑道とか親水公園といったところでしょうか。

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(御田中学校前の信号 右手が柳瀬川街園)

この柳瀬川街園を上流(北)方向へたどり、630m先で突き当たるので右折、左折の順でクランクしてさらに1.4㎞進むと秀吉清正公園(中村公園 35.174688, 136.854367)に出ます。

その名が示す通り、豊臣秀吉と加藤清正の生誕地になります。

豊臣秀吉という人は、その昔木下藤吉郎と名乗っていたわけですが、出自にわからないことが多く、尾張国愛知郡中村郷に住む木下弥右衛門となかの子どもとして生まれたとされています。

なかは、のちの大政所ですが、そのいとこないし親戚の子どもが加藤清正です。

秀吉の生誕地は豊国神社、清正の生誕地は公園のお隣にある妙行寺ということで、二人は同じ郷の縁者同士ということになります。

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(岩塚宿)

のちに秀吉が羽柴姓を名乗り、近江長浜の城主になると、清正は小姓として彼に仕えました。

そのあとは、賤ケ岳の七本槍、文禄・慶長の役(朝鮮出兵)と、豊臣政権の武闘派の一角というイメージが、彼のまるで関羽のような顎鬚とともについています。

しかし、清正は実は農業振興のプロだったらしいです。

とくに治水にたけていて、のちのち「清正公」と慕われるのも、戦上手だったからではなく、知行を与えられた領民が善政を布いてもらったことへの感謝の念からだそうです。

武田信玄にも同じような一面があり、戦国時代の良き領主とは、河川を上手に収められた人なのだと想像します。

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(岩塚宿光明寺)
 

もうひとり、秀吉と同郷で縁者の武将に小出秀政がいます。

彼はなかの妹のだんなさんであり、やはり公園の中に居宅の跡碑があります。

彼は豊臣姓を賜るほどに秀吉の信頼もあつく、秀頼の傅役にも名を連ねました。

関ケ原の戦いでは、真田氏と同じように次男を家康に従わせ、自分と長男は西軍に与しました。

結局関ケ原本戦の際に次男が河内の国で四国からの長曾我部水軍を撃退するという活躍を見せたため、小出氏は父子ともども秀吉から授かった所領(岸和田藩)を安堵されるのですが、関ケ原の戦いに徳川秀忠とともに遅参して活躍できなかった真田信之と対比すると、あのような経緯をたどった真田氏に対して、小出氏は幸運だったのだと思います。

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(岩塚宿裏手の路地)
 

岩塚宿にはいり、宿場然とした街並みをゆくと、左側に浄土宗のお寺、光明寺(35.155761, 136.841278)を認めます。

このお寺のあたりが、かつて宿場の本陣があった場所と言われています。

脇往還に入ると、とたんに資料をはじめ、現地の掲示板や碑文などが少なくなります。

情報によると、本陣は1軒のみで脇本陣はなく、旅籠も7軒ですからこぢんまりとした宿場だったのでしょう。

時代にもよるのでしょうが、七里の渡しを経由する旅人と、佐屋街道を経由する旅人の割合はどれくらいだったのでしょう。

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(土手に突き当たったら左折)

岩塚の名は、市営バスの走っている岩塚本通りの向こうにある七所社(しちしょしゃ 35.158629, 136.840238)の境内にある古墳からきています。

この神社も創建が銘によって884年以前と伝えられているため、かなり古い神社です。

2月の真冬に川に入って笹竹を倒し、その年の吉凶を占うきねこさ祭は、尾張三大奇祭の一つに数えられています。

室町時代になって、この地を治めていた吉田守重によって修理を受けた記録が残っていますが、彼は足利尊氏の縁者といわれています。

光明寺より南の場所にお城まで構えていたそうですから、有力だったのでしょう。

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(すぐ右折して折り返します)

佐屋街道をそのままゆくと、川の土手に突き当たります。

土手上の道へゆくには、最初に左折、続いて右折と折り返しましょう。

残念ながら、歩行者用の階段もなければ、土手下の道にも土手上の道にも歩道はありません。

にもかかわらず、橋が近いせいか車がひっきりなしに走ってくるため、自転車だと神経をつかいます。

この川は庄内川といいます。

岐阜県恵那市に源流を発し、高蔵寺から濃尾平野を西進し、東海道線の枇杷島駅付近でやや南に流れの向きを変えて伊勢湾にそそぐ川です。

木曽三川に比べて知名度はぐっとさがるのですが、自分はよく覚えています。

小学生のころ、中学受験における社会科のひっかけ問題としてこの庄内川は地図上によく登場しました。

山形の庄内平野や庄内地方を流れる川と勘違を誘いやすいのです。

あちらの川は最上川です。

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(万場大橋を渡ります)
 

昔はここに万場の渡しがありましたが、今は万場大橋(35.157041, 136.837009)を渡ります。

岩塚宿側が名古屋市の中村区で橋を渡った向こう側が、同中川区になります。

橋を渡ったらすぐに左折して庄内川の右岸を下流方向へと向かい、一本目の土手から下る道にはいって道なりに進むと、すぐに万場宿です。

本陣1軒旅籠10軒と、やはり小さな宿場で、渡し場の管理は万場宿で行っていたものの、宿泊に関しては月の前半と後半で、庄内川を挟んで向き合う岩塚・万場の両宿が交代で務めていたといいます。

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(万場大橋から庄内川下流方向を望む)
 

万場の宿場は住宅街然として岩塚宿よりも落ち着いた雰囲気です。

こちらも本陣の位置には何の目印もないのですが、本陣があったであろう場所で写真を撮影します。

万場宿の西のはずれには、國玉神社(35.154971, 136.831870)という古いお社があります。

よく神社の由緒書きに「延喜式神名帳に記載されいている」とありますが、この延喜式がまとめられたのは10世紀半ばの927年です。

つまり、この記述が出てきたら(場所の移転はあったとしても)千年以上前からあると考えて間違いありません。

國玉神社もその口です。

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(橋を渡ったら左折し、土手上の道の一本目を右下へくだります)
 

旧東海道の旅八日目は、大晦日の朝8時半に鳴海宿を出立したわけですが、途中宮の渡し場では頭が真っ白になるほどの雪が降り、万場についたのは午後1時過ぎです。

ここでも小雪がちらついています。

今回どこまで行けるかによって、次回の出発地点が決まるわけですが、佐屋街道全般にわたってあまり交通の便が良い所がありません。

できれば桑名より南へ、できれば四日市より先、がんばって亀山まで行けたらという胸算用をしていました。

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(万場宿 推定で本陣のあった場所)
 

なぜなら、次回も23日の旅程を組むとすれば、鈴鹿峠を越えねばならないからです。

亀山から鈴鹿峠を越えた水口の先、三雲までは、鉄道の便が極端に悪いのです。

歩いているときも苦労したのですが、交通の便が悪い場所で尺取虫方式の旅を中断すると、その場所から帰宅するのも苦労しますし、次回そこから始めるために戻るにも、お金も時間も余計にかかってしまいます。

また出立時間もおのずと遅くなり、その分距離が稼げなくなるのです。

これが、東京、神奈川あたりの東海道本線沿いの宿場なら、待てば電車もすぐ来るし、次回も気軽にその場所へ戻れるのですが、既に愛知県も名古屋市のはずれとなり、土地勘もありません。

とくに今日は名古屋から乗車する新幹線の指定席も買ってありますから、時計と時刻表をにらみながら、この先の旅を続けることになります。

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(國玉神社)

なお、歩いているときに、旧東海道尺取虫の旅をこの万場宿で切り上げたことがあるのですが、名古屋市営バスに乗って中村公園駅までゆき、そこから地下鉄で名駅へ出て新幹線で帰宅しました。

本当は市バスと地下鉄を乗り継げば割引が効くはずですが、新幹線に間に合うか気が気でなかったために、そのような制度を利用している余裕がありませんでした。

これがブロンプトンであれば、岩塚宿なら八田駅、万場宿なら春田駅と、関西本線の駅まで走ってJRを使って名古屋駅に出ることが可能になります。

新幹線の乗車券も持ち合わせているのなら、発駅は名古屋市内になっているはずですから、上述の両駅とも、新幹線の乗車券でそのまま利用可能になります。

こうしたことを考えても、旧街道の旅にはブロンプトンが有利だと思います。

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次回は佐屋街道を神守(かもり)宿方面へと向かいます。


旧東海道ルート図(金山駅入口~弥富駅入口)
https://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=2f8e842b8bdd0b584f5bac60ba8df099



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