(その1からの続き)
〇どんな季節と日時に乗ったらよいか
もし青く澄んだ空や夕陽をのぞむのなら、秋から冬がお勧めです。
イルミネーションや夜景をお目当てにする場合も、空気の澄むその期間の方がきれいです。
(金曜日~日曜日は横浜駅東口発着で1時間のイルミネーションクルーズもあります)
ただ、この期間に後部デッキに乗っていますと、本当に寒いです。
下船後温泉にゆきたくなるくらいです。
逆に春から夏にかけては、後部デッキで潮風にあたった方が気持ちの良い季節です。
特に夏場に横浜で涼をとるのなら船の上がいちばん涼しいと思います。
景色をとるのなら秋冬、涼しさをとるのなら晩春から夏でしょうか。
写真を撮るのなら日没後より夕方までをお勧めします。
暗くなってから横浜の夜景を船より眺めるなんてロマンチックですが、いざ写真に撮ろうとすると、光量が絶対的に不足しているうえに、船が揺れてピントの合わない写真ばかりが出来上がることになります。
それから、やはり街のバックは青い空の方が映えますから、天気の良い日を選びましょう。
よく横浜の港を正面から撮影した写真がありますが、あれは船上から撮ったものではなく、お向かいの大黒町や大黒付近から望遠レンズで撮影されたものが多いのです。
画角も広いものなので、さぞかし高価で長いレンズをつかっていらっしゃるのかしらんと想像しております。
(大黒大橋からみた横浜港)
〇(船の)乗り心地
これはもう船ですから、お天気次第、風浪次第としか申し上げられません。
それに船酔いは気分的なものも含めてほかの乗り物酔いと比べてもかなり個人差があります。
わたしは電車や飛行機には酔うことがほとんどないのに、バスや船は条件によっては酔います。
船の場合、終始陸が見えていれば大丈夫ですが、見渡す限りの大海原になった途端に平衡感覚を失います。
逆に飛行機全般は強くても、セスナなど小型機などに乗っていてバンク角をとって旋回するようなとき、地面を見つめていると酔ってしまうのです。
船の揺れに合わせれば良いとよくいいますけれど、合わせるのが生理的に嫌なのです。
東京湾内の、しかも横浜港内だから揺れないだろうと思うと、日によってはかなり揺れます。
これは船が平たいこととも関係していると思います。
風の強い日などは特に揺れますので、船酔いが心配な人は満腹時、逆に空腹時の乗船は避けるとか、同行者は敬遠した方がよいかもしれません。
山下公園や、臨港パークから海を見て、波頭に白いものが目立つ日は要注意です。
〇どちらの方向へ乗ったらよいか
さて、横浜駅東口と山下公園の間をシーバスにブロンプトンをつれて移動するとして、どちらからどちらへ向かったらよいでしょう。
往路は自転車、復路は船(その逆も)のように、片道だけ船を利用してもう片道はブロンプトンで走るような場合、風向きが向かい風になる方向へ乗った方がよいと思われます。
シーバスの運航区間は厳密にいうと北西から東南の間です。
けれども大雑把に言って、南風の強い春から夏にかけては横浜駅東口から山下公園へ。
逆に北風が強い冬場は山下公園から東口にむかって利用すれば、もう片道は追い風になります。
もっとも、帰宅は副都心線から東武東上線や西武池袋線沿線へと帰る場合は山下公園まで船で行って元町中華街から電車に乗れば確実に座れますし、横浜線で八王子方面へ帰る場合、或いは京急線で横須賀方面へ帰る場合は、横浜駅東口まで船に乗って、あえて東神奈川や仲木戸から電車に乗ることにより、(横浜線は始発、京急は横浜駅で入れ替えがあるので座れる確率が増します)座席の確保をもくろむという手もあります。
いずれにしても、ただ船に乗ることだけを考えるのではなくて、電車との乗り継ぎを考えてみることです。
個人的には京浜運河や羽田空港沖を通ってお台場までゆき、東京都観光汽船と相互乗り入れしてほしいところです。
(週末のみ、双方から羽田空港行きの便があります)
そのコースは昔から屋形船にはお馴染みの航路でした。
今でこそ工場・コンビナート群になってしまいましたが、その昔は江戸前と呼ばれる豊かな海でした。
だから、船に乗って往時のきれいな海の姿を想像してみるのも悪くないと思うのです。
わたしはあちらの路線だけでなく、乗船場にも疑問をもつのです。
なぜお台場や浅草に発着場所をつくっても、羽田空港とか新木場駅付近に乗下船できる場所をつくらないのかと。
前者は空港利用者の乗船を期待できるのみならず、京急線や各地へのリムジンバスの起点・終点でもあるので行きやすいし帰りやすい場所です。
後者も地下鉄有楽町線とりんかい線を介した埼京線の始発・終着駅です。
海上バスと組み合わせるのにもってこいの場所だと思うのです。
歴史で思い出しましたが、旧東海道の神奈川宿と外国人居留地の間を往き来していた渡船の航路をシーバスはなぞっています。
当時は現在の横浜駅からJR線の線路や雉子川に沿って保土ヶ谷方面へ大きく入り江が入っており、東海道から居留地へゆくには船に乗るのをあきらめれば、大きく迂回する必要がありました。
開港を約束した幕府も、不穏な攘夷の世相の中を外国人が徒歩や騎行でばらばらと東海道に繰り出されたらたまらないと思っていたのでしょう。
東海道側の船乗り馬は神奈川区青木町の洲崎大神の階段下、旧東海道をはさんでお向かいが波止場でした。
対する居留地側は、象の鼻と、一番館近くということですから、山下公園の大さん橋寄り、すなわち産業貿易ビルや神奈川県民ホールのある付近になります。
当然、長崎の出島とまではいかないものの、居留地に押し込められた感のある外国人たちは不満を鬱積させるのですが、生麦事件のような文化習慣の違いから犠牲者を出すまでに至って、以降は居留地内の福祉や社会的インフラの整備に取り組み、これを日本人が西欧化のお手本にしたそうです。
水で隔たっているって、色々なことに影響を及ぼすようですね。
日本人でも、此岸と彼岸のような考え方で、世界の違いをあらわしたりします。
横浜港の周囲は別世界という気持ちになりたいのなら、シーバスで行き来するといっそうそういう感覚が強調されるのかもしれません。
某夢の国のゲートみたいに。
そんなふうに、シーバスを利用してみるもの面白いでしょう。
次回は乗船した感想について書いてみたいと思います。