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Channel: 旅はブロンプトンをつれて
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映画『沈黙―Silence―』東京都区部における登場人物の足跡にブロンプトンをつれて(その1)

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□動機となった踏み絵
高校生の時に長崎に行きました。
大浦天主堂を正面に、グラバー通りと呼ばれる右手の坂道を150mほどのぼって行った右側の、長崎港を見下ろす斜面のうえに、十六番館という洋館の内部が見学できる資料館がありました。
資料館といっても、実態はお土産屋さんに近く、大浦天主堂からグラバー園に向かう修学旅行の高校生などがひやかしに立ち寄る店だったのです。
店の入口を入ってすぐ右手に、ガラスケースに囲われた踏み絵がテーブルの上にのっていて、すぐ後ろの壁には「遠藤周作が沈黙を書くきっかけになった踏み絵」と恭しく説明が貼ってありました。
このお店に周作先生が立ち寄った経緯は、「キリシタンの里」にありますが、まだそちらを読んでいなかった私は、「へぇ、これがね」と思うばかりで、その絵を踏んだ人たちの心情を慮ることは全くできませんでした。
いま、十六番館は閉鎖され、そこにあった踏み絵は現在東京都町田市にある「町田市民文学館ことばらんど」(https://www.city.machida.tokyo.jp/bunka/bunka_geijutsu/cul/cul08Literature/)に収まっているそうです。
これは周作先生が25年にわたって町田市に住んでいた経緯から、先生の蔵書の一部が寄贈されているご縁だと思います。
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(全然関係ないのですが、小田急線といえばこの色なのに、最近少なくなりました)
 
□切支丹屋敷跡・切支丹坂(東京都文京区 35.713487, 139.738295
主人公セバスチャン・ロドリゴのモデルとなったジュセッペ・キアラは、長崎で捕縛されたあと、詮議のために江戸に送られました。
彼は幕府大目付で宗門改奉行井上政重(=作中における井上筑後守)の邸に預けられ、そこで井上本人と、彼に協力したクリストヴァン・フェレイラらから改宗を説得されたそうです。
さらに、大老、時の将軍家光も直接検分しましたが、説得を拒絶しました。
小説とは異なり、激しい拷問を長期にわたって加えられたのち、信仰を棄てることを承諾したそうです。
 
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その後、文京区小日向にある井上政重の下屋敷に軟禁されました。
岡本三右衛門という死罪になった武士の名とその妻を与えられ、
ここで彼は洋書の翻訳と、隠れキリシタンの宗教用具や装身具の鑑定など、奉行の仕事を手伝っていたそうです。
邸内では比較的自由に過ごせたそうですが、複数の同心に監視されていました。
そして、生涯邸から出ることは許されなかったそうです。
彼はおよそ40年の間、ここで閉塞されました。
後半生のほとんどを棄教者として、つまり自分が信じた神に対する裏切り者として、岡本三右衛門の名で生きたわけです。
その長い歳月の間、彼が神に対し、日本にいる現実の生活に対し、どのような想いで生きたのかを想像すると、周作先生でなくても胸が締めつけられるような気持になります。
残ってはいないものの、彼の手によるキリスト教解説本があって、そこから彼は信仰に立ち戻ったという説もあります。
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(傍らにあったこのお地蔵さんのようなものが気になりました)
 
切支丹屋敷へは地下鉄丸の内線の茗荷谷駅が最寄りになります。
ブロンプトンであれば、3番出口を出たら右へ突き当りまで行き、貞静学園と拓殖大学文京キャンパスを西から大きく迂回するように回り込めば、茗荷谷に入り込むことなく、舌状台地の先端にある切支丹屋敷跡に到達できます。
茗荷谷駅から自転車なら、坂を避けて回り道しても10分とかかりません。
家が建て込んでいるのでわかりにくいのですが、東側の斜面下は、ちょうど丸ノ内線の車庫になっています。
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(左奥が切支丹坂で右端の五階建てが映画「地下鉄に乗って」の舞台)
 
JRであれば、飯田橋駅が最寄り駅になります。
飯田橋から神田川に沿って上流へ向かい、神田川シリーズでご紹介した印刷博物館(トッパン小石川ビル)を過ぎて150mほど進み、小桜橋の脇で右折して北上し、小日向交差点(35.710901,139.740236)を抜けて丸ノ内線の線路の下をトンネルでくぐります。
(この部分、地下鉄丸ノ内線は地上部を走っているのです)
トンネルを出たらすぐに左折(35.713253, 139.740129)して、もう一度トンネルで線路下を潜り抜けます。
全然関係ないのですが、一つ目のトンネルの出口正面に見える五階建てマンション(35.714137,139.739517)は、2006年の映画「地下鉄(メトロ)に乗って」において、ヒロインが住んでいる設定となっていました。
あの映画は東京メトロが特別協力していたから、ここなのでしょうね。
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(切支丹坂)
 
2つ目のトンネルを出た正面が切支丹坂と呼ばれる坂です。
坂の長さはブロンプトンでのぼると上にゆくほどきつくなるので、短い割にはつらいかもです。
事情を知らない人は、長崎の坂のように、宣教師が上り下りしたという情景を想像されるかもしれません。
しかし、そういうことはありませんでした。
私は坂の下から見上げると、切支丹屋敷に奉公する転んだ元信徒が、「沈黙」にあるように、周囲から好奇の目にさらされ、子どもたちに馬鹿にされながら、背中を丸めてのぼってゆく後姿を想像します。
坂の上に出て突き当たったら右折し、30m先の右側に「都旧跡 切支丹屋敷跡」の石碑はあります。
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(茗荷谷をはさんでお向かいの庚申坂上から切支丹屋敷跡方向を望む)

□セバスチャン・ロドリゴのモデル、ジュセッペ・キアラの墓
ジュセッペ・キアラ(Giuseppe Chiara 1602-1685日本名・岡本三左衛門)は、貞享2年(西暦1685年)725日にこの切支丹屋敷で病死しました。
五代将軍徳川綱吉の時代で、33カ月後に年号が元禄へと変わります。
もちろん、死の間際に彼がどんな心境だったのか、キリスト教を捨てていない言葉や仕草をほんのわずかでも残したのか、記録は全く残っていません。
ただ、当局がどれだけ強制しようとも内心は自由です。
彼の心の中にキリストが生き続けていれば、それは立派な信仰なのではないでしょうか。
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(酒屋さんから奥が無量院の跡地です)

彼の亡骸は荼毘に付され(当時のキリスト教は復活のため土葬が一般的)、戒名をつけられて小石川無量院に墓が建てられました。
死してようやく屋敷から出られたものの、岡本三左衛門のまま日本人の仏教徒として葬られたわけです。
この辺、幕府の措置は執拗だと思うのですが、もしキリスト教に則って葬儀を出し、墓を建てたなら、隠れて信仰している民衆たちが聖地化するのを恐れたのでしょう。
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(伝通院山門)

彼の死後、長い間使用されなかった切支丹屋敷ですが、23年後の宝永5年(西暦1709年)、同じくイタリア出身のカトリック司祭、ジョヴァンニ・バティスタ・シドッティ(Giovanni Battista Sidotti 1668-1714)がここに軟禁されました。
シドッティは新井白石との交流が有名です。
彼の場合は時代の変化なのか、布教はしないという約束で幽閉はされても拷問を受けるようなことはなかったそうです。
ただ、4年後に世話役の夫婦に洗礼を授けたかどで屋敷内の地下牢に拘禁され、10か月後に衰弱死しています。
シドッティについては昨年11月に、国立科学博物館が発掘された遺骨をもとに、頭部の復元像を作成しています。
この復元像、誰かに似ていると思ったら、アメリカ人コメンテーターのあの人を思い出しましたよ。
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(伝通院本殿)
 
無量院は、明治になって廃されてしまいました。
現在の小石川三丁目、仙川通り沿いにかなり大きな境内と墓域をもっていたみたいです。
その後墓石は雑司ヶ谷霊園に移されますが、一時行方不明となり、戦中に発見されて現在は調布市にあるサレジオ神学院敷地内に移されています。
ただ、無量院にほど近い伝通院(35.712565, 139.747096)には、彼の供養塔があります。
伝通院とは、家康の母、於大の晩年の称号であり、彼女のお墓があることと、永井荷風の随筆や夏目漱石の「こころ」にも出てくることで、文京区では超有名な浄土宗のお寺です。
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(伝通院の案内板 ありがたいです)
 
伝通院の山門をくぐり、まずは本殿にお参りします。
浄土宗だから法然上人を偲ばせていただいてと。
本殿に向って左側の織月会館前に、有名人の墓の案内図があるので確認してみましょう。
キアラの供養塔は織月会館の脇を西方向奥へ入って行って突き当りを左折し、さらに奥に進んだ、寺の敷地の南西角に近い際にひっそりとあります(35.712144, 139.745930)。
調布にある墓石と同じ、宣教師の帽子をのせたような形をして「入専浄眞信士霊」とあります。
これが彼の戒名ですね。
どんな意味なんだろう。
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供養塔の脇には、駐日イタリア大使による霊をなぐさめる言葉を刻んだ碑もあります。
本当に無念だったでしょうけれど、周作先生流にいえば、天国であの人が傍らに腰かけて彼の涙を拭いているに違いないと思うのです。
キリストって、そういう存在だと思うのですよ。
ここで祈るとしたら、やはり「主の祈り」かな。
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今回もながくなりましたので、次回に続きます。

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