夏の早朝、今日も暑くなりそうだと都心に向かうべく、7時に家を出ました。
南や西の空は問題なかったのですが、坂道を登って北の方角をみたら、前方にあやしい雲が広がっています。
はるか上を仰ぐと、巨大な積乱雲のようです。
夏とはいえ、朝からこんな雲をみるとは珍しい。
だいたい、朝は地表も冷えているのであまり対流は起こらず、気象も安定していることが多いのです。
おそらくは、上空のどこかに温度差があって、それが積乱雲を発達させているのでしょう。
冷たい空に温かい空気が流れ込んでいるのか、属に「大気の状態が不安定」というやつです。
積乱雲(入道雲)も、遠くから見ると大きさや全体像がわかるのですが、側に寄って陰に入ってしまうと、どこまで続いているのかわかりません。
とくに都心とその周辺は建物が林立しているため、地上からでは地平線近くの空は全然見えませんから。
自分が子どもの頃は、新宿の高層ビル群がそこだけ墓標見たいに立っていて、家の近くでも見通しの効く場所であれば空の様子がわかったものですが。
この時点で、自宅の最寄り駅から電車に乗ってしまうのもひとつの方法でした。
7時も半を過ぎる前なら、まだ通勤電車にも多少は余裕があります。
しかし、まだ雲の真下までは距離があるので、とりあえず北へ進みます。
多摩川を渡る丸子橋まで来たら、前方の雲の下に黒い影のようなものが…。
あれは降雨の証拠です。
影の密度が濃いほど、雨の量が多く、もし雲の下に白い幕が垂れこめたような状態になっていたら、滝のような豪雨の印です。
目視で距離を測ってみて、おそらくは山手線沿線に着くまでには持ちこたえそうにありません。
東横線沿線をゆくわけですが、一番混雑する祐天寺~中目黒間までもってほしいと思いながら先を急ぎます。
中目黒までゆけば、上り電車の乗客はかなりの割合で日比谷線に流れるため、ブロンプトンを持ち込んでも何とかなります。
振り返って南西の空をみると、青空の中に積み雲が浮かんでいます。
雲量でいったら3(軽度の曇り)と4(部分的に曇り)の間くらいでしょうか。
これに対して前方(北)の雲量は、文句なく8(全天が曇り)でしょう。
積雲って短時間で積乱雲に発達することがあります。
また積乱雲って、ひとつの大きな雲というよりは、大きな入道雲の下に中小の積乱雲がいくつも内包されているイメージです。
念のため、スマートホンで雨雲の状況を確認したら、渋谷から新宿にかけて集中豪雨のサインが出ているではありませんか。
しかも、時間をずらしても、次から次へとそこだけに雨が集中する線状降水帯みたいになっています。
この線状降水帯ですが、最近の水害みたいに湿った空気が筋状に流れ込むことで、同じ場所で次から次へと積乱雲が発生、発達する場合と、山などの障害物に風が当たって上昇気流が起きることで発生する場合があります。
たとえば、多摩川の河岸段丘のようなわずか20mそこそこの段差でも、そこに上昇気流が発生すると、段丘に沿った形で雲の縁がきれいに重なるということもあるのです。
柿の木坂交差点あたりで、ぽつりときましたが、まだポツポツまではいっていません。
学芸大学を過ぎ、祐天寺駅前まで来た時、妙な肌寒さを感じました。
祐天寺栄通り商店街を抜けて、稲荷坂の上まで来ましたがまだ路面は乾いています。
ところが、稲荷坂を下って蛇崩川沿いに出た途端、路面はずぶぬれになって、つい今しがたまでかなりの雨が降っていましたという状態になっています。
坂の上と下でこうも違うとは。
そして、真っ黒な空からポツリポツリといよいよ雨滴が落ちてきたので、中目黒駅でさっさと自転車をたたんでカバーをかけて、東横線の渋谷方面行きホームにあがりました。
本音を言うと、運賃の変わり目である渋谷駅まで走れたなら、電車賃が大幅に安くなったのですが、この空模様では致し方ありません。
中目黒からは、わざと比較的空いている各駅停車を待ち、新宿三丁目で下車して地上にあがってみたら、こちらの方はさらに空が暗くて、雨の量も中目黒よりもっと降っていたようでした。
さいわい既にやんでいたので、少し走ってそのまま仕事場に滑り込みます。
この日はお昼前には天候が回復し、カンカン照りの猛暑になりました。
夕方、仕事が終わってブロンプトンで帰宅途中、多摩川の橋の上から空を観察します。
南西の空は、朝と一変して、積雲に積乱雲、低層の筋雲(巻雲)や、秋に見られるうろこ雲(巻積雲)まで出て、まるで色々な雲が集まって酒盛りでも開いているのかのような状態です。
よほど上空の空気の層が、バラエティに富んでいるのでしょう。
はるか東の空には、積乱雲が駐車場街の車の列みたいに並んでいます。
雨雲の状況を確認したら、外房の沖合に線状降雨帯が出ているので、きっとあれでしょう。
雲の酒盛りで思い出した詩があります。
遠藤周作の「海と毒薬」のラストに、主人公が空を眺めながら詩を思い浮かべるシーンがあります。
羊の雲の過ぎるとき
蒸気の雲が飛ぶ毎に
空よ おまへの散らすのは
白い しいろい絮(わた)の列
ここまで呟いてどうしてもその先が思い出せない主人公。
この詩は立原道造(たちはら みちぞう1914-1934)という戦前に短命で亡くなった詩人の歌で、『雲の祭日』という作品です。
彼は24歳のときに結核で亡くなってしまうのですが、東京帝大工学部出身の建築士でした。
ちょっと理系の人が詠むような雰囲気の詩ではありませんが、もちろん続きがあります。
帆の雲とオルガンの雲 椅子の雲
きえぎえに浮いてゐるのは刷毛の雲
空の雲……空の雲よ 青空よ
ひねもすしイろい波の群
ささへもなしに 薔薇紅色に
ふと蒼ざめて死ぬ雲よ 黄昏よ
空の向こうの国ばかり……
また或るときは上記の虹にさらされて
真白の鳩は暈(かさ)となる
雲ははるばる ひもすがら
去年の今頃は虹を見て旧約聖書のことを書いていました。
私は詩作とかできませんし、詩集などを読んだりすることも滅多にありません。
しかし、空を見上げないことには上のような詩もできないでしょう。
川の土手に寝そべって、空の雲を眺めている人って、むかしは見かけた気がするのですが、最近の人は忙しそうにわき目もふらずに橋を通り過ぎてゆくだけです。
ブロンプトンをとめて、橋の上から空を眺めている中年なんて、絵にもならないのは承知の上で、豊かな心ってなんだろうと思うのでした。