自由が丘では、「谷畑の権現さま」として親しまれた、熊野神社(35.610666,139.668875)に行ってみましょう。
神社の由緒書きにはありませんが、おそらく当地から熊野詣に出掛けた村人たちが、紀伊にある本宮の神霊を持ち帰って祀ったものでしょう。
熊野詣は例の世界遺産登録によって現代では有名になりました。
紀伊半島の熊野川上流にある本宮、そこから川を下った下流域にある新宮、そして滝で有名な那智の三宮を熊野三山と称してお参りすることです。
平安時代、京都の貴族がバックになって栄えた熊野参りも、続く鎌倉時代に武士が台頭してくると、貴族の経済事情から衰退してゆきます。
(おそらく、経済的な事情に加えて、鎌倉新仏教の台頭があったと思います。)
そう考えると、今の世に熊野古道が遺産登録されて、鎌倉の歴史的建造物群が不登録になり取り下げを余儀なくされたのは、何かの因縁を感じます。
鈴木大拙先生が生きていたら、怒っただろうなぁ。
さて鎌倉時代に入って取り残されそうになった熊野神社は中世期末に御師(おし)と呼ばれる宣伝部隊を全国に派遣して、一大キャンペーンを張りました。
(成田山新勝寺でもそんな話がありました)
熊野縁起曰く、「大日本六十余州一切衆生、われを勧進し、われを念じわれに仕えれば、一万眷属十万金剛童子、大力夜叉童子、各々に天魔を払い外道を静めん。現世にては安穏にして、娯楽、快楽せしめん」とご利益を謳ったそうです。
ひゃあ、あからさまに現世利益的だ…。
現代のパワースポットブームにも似たところがありますね。
そういう目で見ると、極楽浄土をこの世に約束する熊野銀行自由が丘支店のように見えてしまいますが、当時はもっと素朴な民間信仰だったのでしょう。
げんにこの熊野神社、俗臭漂う自由が丘の街中にあって、ものすごく静寂な雰囲気を保っていますし、お参りしてから出かける近所の人も多く見かけます。
なお、神社の石段向かって右側には自由ヶ丘の区画整理に功績のあった、当時の碑衾村村長、栗山久次郎翁の銅像があります。
その昔、この付近は曲がりくねった田んぼのあぜ道だけでした。
彼は駅の誘致をはじめ、土地を区画し、その整理した土地すべてに自由が丘の名を付して、良質な住宅地に変えるべく先頭に立った人です。
自由が丘はごちゃごちゃしていると書きましたが、つばさ通り、しらかば通り、若草通り、カトレア通り、ひのき通り、すずかけ通り、マリクレール通りなど、すべて直線です。
ただ電車の線路筋とは微妙にずれているので、鉄道沿いに通り抜けようとする自分には、ちょっとややこしく感じます。
マリクレール通りは、旧とうきゅう通りが、バブル期の1982年にファッション誌マリクレール日本語版の創刊にあわせて自由が丘南口商店街のCIの一環として改名したものです。
マリクレールは2009年に休刊になりましたので、いまやブランド名ですが、経緯からネーミングライツなどの権利は発生していないようですね。
自由が丘がテーマでお店の話は一軒もなしかって?
店舗は移り変わりがありますからね。
別途やろうと思うのですが、やはりあのスイーツ二軒だけは紹介しておきます。
ひとつは全国区の知名度を誇る、亀谷万年堂さん(35.610166,139.670090)。
いまや東京と神奈川中心に60店舗近くもありますが、自由が丘が創業(1938年)の地で本店の脇には茶房もあります。
子どもの頃、某超有名野球選手が宣伝したおかげで、ナボナは全国区です。
家の近所にもお店があって、当時はナボナのチーズクリームばかりを食べていました。
(今はパインクリームがお勧めですよ)
鶴は千年、亀は万年生きるという言い伝えからの命名で、同じ東横線の大倉山には暖簾分けした鶴屋千年堂があったのですが、1998年に火災によって閉店しました。
もうひとつは、こちらもご存知モンブラン(35.608282, 139.668843)さん。
日本でモンブランケーキをつくった元祖のお店です。
1933年に当時の碑文谷駅(現在の学芸大学駅)付近で創業し、戦後自由が丘に移転しました。
商標登録していなかったので、モンブランはケーキの種類の名前になっていますが、もとはここの創業者がフランスに修行に行って持ち帰ったものを日本風にアレンジしたのがはじまりです。
ここのモンブランは頂上が栗ではなく真っ白なメレンゲです。
なるほど“Mont Blanc”「白い山」だ。
このお店は支店が一切なくて、自由が丘だけですし、ティールームもありますので一度立ち寄ってみてはいかがでしょう。
モンブランは、フランスの郷土菓子を日本風にアレンジしたもので、もし本国の大元に近い形を食べたければ、銀座プランタンの中にあるサロン・ド・テ・アンジェリーナでご賞味ください。
しかし、日本で一般にケーキのモンブランというと土台にのったマロンクリームの上に栗の甘露煮が乗って、粉砂糖のかかっている姿を想像します。
そしてモンブランという山自体、じつはあれほどに尖がった形をしていません。
(そういう意味においては、この自由が丘のモンブランに近いと思います。)
例のケーキの形だと、むしろスイスのマッターホルンを連想します。
そこで思い出しましたが、学芸大学の駅近くにはマッターホーンという1952年創業の老舗洋菓子店(やはり喫茶コーナーあり)があります。
こちらはバームクーヘンが有名です。
東急沿線をブロンプトンで走りながら、学芸大学のマッターホーン、自由が丘のモンブランに、大井町のモンテ・ローザ(横浜の本店には喫茶コーナーがありません)をはしごすれば、ヨーロッパアルプス首位から三座を完全征服だぁって…太りそうです。
次回は自由が丘から田園調布へ向かいます。(自由が丘―おわり)